卦術演算系(Original)
大電流磁
第1話 改造スマホと嗤う蜘蛛
「うわ。マジかよ……」
九条陽介、高校2年生。彼は自作アプリの動作確認のため、スマートフォンの画面に釘付けになっていた。黒縁メガネを外し、レンズをセーム皮で拭き、再確認する。
数日前、陽介は海外の怪しいフォーラムで奇妙な書き込みを見つけた。
Google翻訳を介したその内容は
「特定のメーカーのある年式のCCDセンサーが通常では不必要なほど広帯域の光・電磁波を受容する。それを用いたスマホカメラに装着されている、可視光線限定フィルムを削り取ってしまえば、通常は見えないものが映るようになる」
というものだった。残念ながらコストダウンのため、その仕様は一年ほどで改訂された。
CCDは一昔前の撮像素子だが、構造上CMOSよりも広帯域の光に反応する利点を持つ。
光は電磁波であり、人間の網膜が捉えることができるのは、そのうち405から790テラヘルツという狭い範囲の電波のみである。
人が視ることができるのは、世界のほんの一部でしかないのだ。
時代の狭間に現れた、特異な性能を有するデバイス。この情報は、陽介のギークな好奇心を猛烈に刺激した。同時に思春期の不純な動機が、猛烈に疼いた。
(……もしもだよ、服の素材とかが透けて見えたりしたら、マジでヤバくない?)
ハードウェアの挙動よりも、くだらないが重要なスケベ心が疼いたのは事実だ。
陽介は、そのCCDが使用されている機種を特定し、市内のリサイクルショップをくまなく探し、ネットオークションも確認した。
しかし製造中止から数年経過したマイナー機ゆえ、見つけることはできなかった。
メルカリで1台、検索に引っかかったが、半年前のSOLDOUTだった。
最終的に、秋葉原のラジオデパート地下にある「最終処分場」と名付けられたショップのジャンク箱の中から、目的のスマートフォンが2台、奇跡的に見つかった。1台は画面全体にヒビが入り、もう1台はバッテリーの膨張により筐体が変形している。しかし合計で2000円以内という価格。
陽介は、これらの2台から使える部品を組み合わせ、「ニコイチ」として機能する1台のスマートフォンを組み上げた。
分解作業中、双方のカメラが正常であることを確認する。そのうち1つのカメラから、可視光線のみ透過するフィルタを除去した。続いて、スマホのソフト開発キットを使い、最大秒間コマ数で映像撮影しながら、映像変化のあるフレームのみを記録するアプリを開発し、デバッグモードでインストールした。古い容量のない機種であまり長い映像が記録できないための工夫である。
陽介は、自作アプリを起動したスマートフォンを胸ポケットに入れ、繁華街に出た。録画中であることを示すランプは非表示に設定されていた。
背徳感にドキドキしつつ薄着の美しいお嬢様方を追い、しばらく撮影した後、カフェに入り、録画された映像を確認する。
モニターに映し出されたのは、期待していたものとは似ても似つかないものだった。色彩は滲み、ほとんどモノクロにしか見えない映像の中で、人物は白く浮き上がるように映っていたが、透過は見られなかった。しかし、そこには言いようのない異界感が漂っていた。
特に異常が確認されたのは、ビル外壁や路面が映っているシーン。風がわずかに街路樹を揺すった後、液状に蠢く黒い塊のようなものが、まるで熱せられたアスファルトから立ち上る陽炎のように現れては消えた。数フレームしか捉えられていないが、それは確かに形を伴っていた。陽介は映像を何度も拡大して確認する。それは単なる光のノイズでも、壁の染みやレンズの汚れでもなく、はっきりと輪郭を持った「影」がフレームに写り込んでいた。それはまるで生命体のように蠢き、中には人の形を思わせるものも存在した。
この世に、それらが実在するのか。陽介の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇った。
それは小学校の図書室での出来事だった。陽介が妖怪図鑑に夢中になっていた隅に、白河琴音がいた。琴音は隣のクラスの生徒で、いつも図書室の窓際で静かに本を読んでいた。普段から俯きがちで、誰とも目を合わせず、声も小さかった。遠くを眺めては常に悲しげな表情を浮かべている少女だった。
陽介は、ひときわ不気味な妖怪のページを指差し、琴音に問いかけた。
「なぁ、琴音。これ、マジでいると思う? こんな化け物」。
琴音は、それまでに見せたことのない大きく見開かれた目でそのページをじっと見つめ、そして、ためらいがちに小さな声で答えた。
「うん。この子なら、私、会って話したことあるよ」
陽介は、その言葉に凍り付いた。子供心に「言ってはいけないこと」を聞かされたように感じた。同時に、背筋に冷たいものが走り、無性に腹が立った。
「嘘だ!嘘つきっ!」
陽介はつい強い言葉をぶつけた。琴音は何も言い返さず、ただ顔を真っ赤にしてうつむき、そして泣き出した。陽介が誰かを泣かせたのは、それが初めてのことだった。
以来、陽介と琴音の間には、言葉にできない隔たりが生じた。学校でも近所でも、二人は互いに目を合わせなくなる。陽介にとって、それは封印すべき「バグ」のような記憶だった。しかし、スマートフォンの「影」を見た陽介は、どうしても琴音にそれを見せたくなった。あの時、琴音が見ていたものと、同じではないか。そう考えると、居ても立ってもいられなくなった。
陽介はスマートフォンをポケットに押し込み、カフェを出て繁華街を抜け、駅へと向かった。自宅最寄りの駅に到着すると、置いていた自転車に飛び乗った。琴音の家へと続く道は、小学校の頃と変わらぬ見慣れた道だった。しかし、琴音の家の前まで来ると、陽介の足は止まった。
(うわ、マジか。ここからどうすんの、俺)
陽介の脳内で同時に幾つかのシナリオが走る
(ピンポン、って鳴らせばいいのか? それとも「よっ、久しぶり」とか言って、ノックする? いやいや十年近くまともに話してない相手に、そんなフランクに行けるわけないっしょ。そもそも、あの時のことを謝るべきなのか? でも、謝ったところで、なんて説明すんだ?)
陽介は、今考えた文章を小声で口に出してみた。
「ごめん、俺、あの時はバカだった。でも、今なら君が見てたものが、もしかしたら本当にいたって信じられるかも……かな」
(って、うわ、キモっ! 俺、何言ってんだ!)
しばらく門の前で立ち尽くしていると、不意に背後から声が聞こえた。
「あら、陽介君?だよね。久しぶりね」。
「ひぃっ!?」
振り返ると、穏やかな笑顔の琴音の母親が、買い物袋を提げて立っていた。
「どうしたの? 琴音に用かしら?」
陽介は乾いた笑いを漏らし、「お……お久しぶりです、白河さん」と頭を下げた。心臓は高鳴り、脇汗が止まらなかった。
「ええ、本当に久しぶりね。陽介君。大きくなったわねぇ」
琴音の母親はにこやかに微笑んだ。陽介は安堵しつつ、なんとか言葉を絞り出した。
「あ、あの、琴音……ちゃんは、いますか?」
「琴音? あら、残念ね、今はお出かけしてるのよ」
陽介は心の中で落胆した。
「そう、ですか……どちらへ?」
琴音の母親は首を傾げた後、ふんわりと笑った。
「それがねぇ、あの子最近はいつも小机城に行っているのよ。随分と体を動かすのが好きになったみたいで。あそこに秘密の鍛錬場がある、なんて言ってね」。
小机城は近くの小山であり、戦国時代に山城が築かれた古戦場でもある。陽介は、その言葉を聞くや否や、スマートフォンを握りしめ、来た道を振り返った。
「ありがとう、ございます! 失礼します!」
陽介は深々と頭を下げると、駆け出した。
「あらあら。良かったわね、琴音。」
テンパりぎみの陽介を温かく見守る、琴音の母であった。
自転車を飛ばし、陽介は小机城へ向かった。途中、坂道が険しくなり、自転車を押して歩いた。山は城址公園として整備された部分と、木々が鬱蒼と茂る未開拓な部分が混在していた。陽介は自転車を置き、公園の案内板を頼りに獣道のような細い道を進んだ。木々のざわめきと、土を踏みしめる自身の足音だけが響く。普段インドア派の陽介にとって、この場所は未知の領域だった。しかし、「影」の正体を知りたい、琴音から話を聞きたいという好奇心が、陽介の足を突き動かした。
耳を澄ますと、微かに打突音が聞こえた。山道の登り降りを繰り返して音の方向へ進むと、木々の間に不自然に開けた空間が見えた。そして、その中央に、年季の入ったサンドバッグが立っていた。陽介は息を飲んだ。そして、サンドバッグの前に立つ人物を見て、硬直した。
そこにいたのは、ショートヘアでジャージ姿の白河琴音だった。陽介が知る、常にひっそりと図書室の片隅にいた陰気な少女とは、まるで別人のように見えた。彼女の引き締まった腕と脚が、しなやかな鞭のように、迷いなくサンドバッグに叩きつけられる。「ドスッ、ドスッ」という鈍い音が静かな山中に響き渡る。その一打一打からは、陽介が想像もしなかったような、強い意志と力が感じられた。彼女の目には一点の曇りもなく、自身の行動を見据えていた。
琴音は、額に汗を浮かべ、乱れた息を整えていた。その表情は真剣そのもので、陽介の知る琴音からは想像もつかない、力強いオーラを放っていた。陽介が呆然と見つめていると、琴音がふと、こちらに視線を向けた。気配に敏感な彼女は、陽介の存在に気づいたようだった。目が合うと、琴音の表情は驚きと、少しの戸惑い、そして微かな警戒心に変わった。
「……九条、くん?」
琴音の声が、戸惑いと警戒心を滲ませて陽介に届いた。陽介は言葉を失ったまま立ち尽くした。その時、周囲の木々が揺れ、妙な風が吹いた。
陽介は、映像で風の後に「影」が現れたことを思い出し、自作アプリを起動した。スマートフォンのディスプレイには、リアルタイムで輪郭を帯びて蠢く「影」が、複数、明確な形を伴って近づいてくるのが映し出された。
琴音も、その異変に気づいた。彼女の表情から警戒心が消え、強い緊張が走った。
「……来る」
琴音の呟きの意味を陽介は理解できなかった。しかし、直後、木々の間から奇妙な咆哮が響き渡り、陽介の目の前に「影」が、現実の存在として飛び出してきた。それは、幼い頃に図鑑で見た、あの不気味な妖怪の姿を彷彿とさせた。その姿が明確になるにつれ、周囲の空気が重く、冷たくなった。
「う、うわああああああああっ!?」
陽介の叫び声が、山中に木霊した。巨大な蜘蛛の胴体に八本の節足が生え、その上半身が人間の女性の形に変質している異形、荒蜘蛛が迫る。女性の部分は、ボロボロながらも体に張り付くような濡れた絹のような着物をまとっており、裂け目から覗く肌は、白い蜘蛛の糸が絡みつくように艶かしく、そして妖しく光っていた。無数の湿った蜘蛛の眼が、陽介を嘲笑うかのように不気味な光を宿している。
「若いねぇ、美味しそうだよ。あたしの肌が気になるのかい?触れたいならおいで。気持ちよーくしてあげるよ。」
陽介の自作アプリが映し出すスマートフォンの画面では、荒蜘蛛の姿が激しく光を明滅させ、その輪郭に不規則なノイズが走っていた。妖怪の巨大な脚が、陽介に向かってゆっくりと下りてくる。陽介は目を固く閉じ、死を覚悟した。
その時だった。
「ごめん! 」
弾けるような琴音の声が響いた。陽介の体が、まるで紙切れのように横へ強く突き飛ばされる。琴音だった。彼女は、陽介を突き飛ばした勢いそのままに、荒蜘蛛の巨体に渾身の蹴りを叩き込んだ。「ドォン!」と鈍い音が響き、荒蜘蛛の体がわずかにのけぞった。
陽介は地面に転がりながら、信じられない光景を目にした。琴音は素早く懐から細長い木片の符を取り出した。片面には「䷭」の紋様が独特の様式で描かれている。彼女はそれを掌に握りしめ、荒蜘蛛に迫る。
「……
琴音が短い言葉を紡ぐと、符から緑色の光が迸り、紋様が瞬時に消失し、符が粉々になった。スマートフォンに映る白い琴音の姿に小さな光が短く重なるのが確認できた。琴音の足元がわずかに光を放ち、その体が信じられない跳躍力で、まるで地面を蹴って飛び立つように上空へと舞い上がった。
「なにそれ、なにこの怪獣。」
その動きは陽介の視覚が追いきれないほどの速さだった。直後、荒蜘蛛の無数の眼が一斉に琴音を捉え、口から漆黒の糸が矢のように放たれた。荒蜘蛛の巨大な爪が空を切り、陽介がいた場所を薙ぎ払う。
上空から着地した琴音は、荒蜘蛛と対峙しながら、冷徹な視線を陽介に投げかけた。
「アラクモと呼ばれてる。どうして九条くんに見えてるの? 認識してる?」
琴音の質問に答える間もなく、荒蜘蛛の人型の顔が舌なめずりをしながら、陽介に向かって再び一歩踏み出した。
「隠れてて! 決して出てこないで!」
琴音は陽介の言葉を聞き終える前に、そう叫んだ。そして陽介の返事を待たずに、荒蜘蛛に向かって駆けていった。陽介は茂みに身を隠しながら、スマートフォンの画面越しに二人の戦いを見守った。琴音は体術と、時折繰り出す木片の符による初級卦術で荒蜘蛛を翻弄していた。
琴音が別の符を握り、小さく唱え、念じる。
「……
呼応するように符が燃え尽きるように消え去り、「䷝」の紋様が残像のように瞬いて、火球が現れる。琴音の映像には、やはり何らかのパターン化された光が明滅していた。琴音が裏拳で強く弾くと、火球は凄まじい勢いで荒蜘蛛の巨大な体に命中し、肉を焼く匂いと共に孔を穿った。
荒蜘蛛は怯んだように後ずさり、そのたびに琴音が鋭い蹴りを叩き込んだ。その戦いぶりは、陽介が知る「陰キャの琴音」とは思えない、まさに戦士のようだった。
荒蜘蛛は、攻撃をかわす琴音に、誘うように、ねっとりとした声で囁いた。
「あら、小娘。随分といい体じゃないか。だが……その程度で、あたしから逃げられるとでも?」。
しかし、戦況は徐々に膠着し始めた。荒蜘蛛の体が予想以上に頑丈なのだ。琴音の攻撃は確実にダメージを与えているはずだが、その再生力も尋常ではない。火球で穿たれた孔は、肉が蠢き、白い蜘蛛の糸のようなもので覆われ、瞬く間に再生されてしまう。そして、琴音の懐から符を取り出す頻度が減ってきた。
「ほう、もうおしまいかい? あたしの糸は、一度絡め取ったら、どんなにしなやかな体でも、二度と離さないよ」
荒蜘蛛は嘲笑うように、陽介のスマートフォンの画面にも映らない速さで糸を大量に吐き出した。琴音は腕で弾き、払い除けようとするが、糸は粘りつく。彼女の体が瞬く間に白い糸に絡め取られていく。
「くっ……!」
琴音の身動きが完全に封じられ、荒蜘蛛がゆっくりと、捕らえた獲物を見下ろすように近づいていく。その眼には、冷酷な光が宿っていた。
「生娘かい。人生の最後に、いままで味わったことのない幸せを味わわせて、じっくり、ぜーんぶすすってあげるよ」
琴音が危機に瀕している。陽介の心臓は激しく警鐘を鳴らした。無力感に苛まれながらも、陽介の視線は画面に釘付けだった。荒蜘蛛の画面上の輪郭明滅は、琴音が使う符の明滅に似ていた。しかし比べ物にならないほど、複雑で、「邪悪」な様式だった。
陽介はこの場を支配する妖怪の存在と、琴音の使う「魔法」の構成要素を現実的に解釈しようとした。妖怪は通常の物質ではないらしい。現在自身に目視できる理由は不明だが、常人には見えず、蠢くたびに画面上のみに光が動くのは、何らかの可視光線外の電磁波が放たれていることを意味している。琴音が使う魔法も同様に、発動前に可視光線外の電磁波が放たれる。それを改造したスマートフォンの広帯域CCDが受像している。
琴音が術式を放つ際の映像をコマ送り再生する。スマホの最大秒間コマ数で撮影された動画には0.1秒の間に6度、明度の異なる光の明滅があった。陽介の脳内で、狂気にも似たアイデアが閃いた。彼は震える指でスマートフォンの画面をタップし、自作アプリのデバッグモードを開く。
琴音の映像に残る「
「行け!」
青色ダイオードが光る。無反応。思考は一瞬。映像にあった琴音の符を再現し表示。再起動。無反応。
琴音の発動時の仕草を思い出す。琴音は何かに祈るように念じていた。琴音は糸に絡まれつつも、総合格闘技のガードポジションのように荒蜘蛛の攻撃をいなしているが、その抵抗が目に見えて鈍くなってきた。
「くっ……!」
ジャージは破れ、両手足の傷が痛々しい。その呼吸は、すでに限界を知らせていた。陽介は弾かれるように駆け寄ったが、荒蜘蛛の脚に殴られ、跳ね飛ばされそうになる。必死で脚にしがみつく。頭から血が垂れてメガネを覆う。
「坊や、あんたはあとで、じっくり魂の髄まですすってあげる。気持ちいいわよ。楽しみにしててねぇ。さぞ、甘いだろうねぇ」
恐怖が走り、怒りがこみ上げた。琴音を助けたいと祈るように、なんとか片手で顔の前にスマートフォンを構えて、親指でスクリプトを起動した。
「
陽介が琴音が唱えていた言葉を口にした瞬間、陽介のスマートフォンが「ビキッ!」と嫌な音を立てた。ディスプレイに細いヒビが入る。しかし、それと同時に、画面の符から真っ赤な火球が吹き出すように現出する。火球は陽介がしがみつく荒蜘蛛の脚をそのまま焼き切る。荒蜘蛛は悲鳴を上げて後ずさった。陽介はもぎ取られた脚ごと倒れ込み、地面に叩きつけられ呻く。まだ動ける。その隙に琴音は必死に糸からその身を引き剥がした。
「九条くん!?」
琴音は陽介のほうへ駆け寄ろうとする。だが、荒蜘蛛はすでに態勢を立て直しており、再び琴音を狙って糸を吐き出した。陽介は琴音に、スマートフォンを無理やり押し付けた。
「琴音っ! これを使え! その画面の火の文字をスワイプするんだ! あの火の魔法が使える! 限界まで、撃ちまくれ!!」
琴音は戸惑いながらも、陽介の切羽詰まった表情を見て、彼の言われた通りにスマートフォンの画面をスワイプした。符を使う時のように祈り、念じる。
「……
「ビキビキッ!」
琴音の指が即席で作った画面GUIの「火」をスワイプするとスマートフォンのディスプレイに新たなヒビが走る。火球が現出した。
「使えた。すごい。」
琴音はそれを蹴り飛ばす。
琴音は荒い息を吐きながら、念じつつ無心で画面を操作し、現出する火球を蹴った。一発、二発……
「ハアッ! ハアッ! ハアッ!」
立て続けに放たれた炎の弾丸が、逃げる荒蜘蛛の脚を次々に捉える! 「ジュウッ!」という耳障りな音と肉の焼ける匂いと共に、荒蜘蛛の脚が、まるで焼き切られたかのように次々と断ち切られていく。
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!」
荒蜘蛛は断末魔の叫びを上げて、その巨体を山肌に叩きつけた。全ての脚を失った荒蜘蛛は、もはや立ち上がることすらできず、地面をのたうつだけだ。その身体から放たれていた邪悪な「影」も、急速に薄れていく。七発撃ったところで、火は出なくなった。
琴音の手の中で、陽介のスマートフォンは、まるでガラス板が砕けたかのようにヒビが入り、完全に画面がブラックアウトしていた。陽介は、地面にへたり込んだまま、荒蜘蛛の巨体と、手負いの琴音を見つめていた。メガネは片方のレンズにヒビが入り、視界が赤い。そして、隣で崩れるように座り込み、完全に息絶えたスマートフォンを呆然と見つめる琴音の姿に、胸が締め付けられるのを感じた。
陽介がやったことは、「符」発動時の状態を「スマホ」というデバイスを介して、魔術システムのようなものが効果を示すこの特殊な場所で無理やり再現しただけに過ぎない。それは、因果に着目しただけの荒唐無稽なハックである。しかし、目の前の現実は「成功」を告げていた。そして、その成功の代償として、彼の愛機たるスマートフォンは、完全に機能停止した。だが、陽介の脳裏には、「この力があれば、琴音を守れるかもしれない」という、新たな可能性の光が点滅していた。
陽介は、風化していく荒蜘蛛の巨体を横目に、ゆっくりと琴音に語りかけた。
「ごめんな。妖怪……いたな」
琴音は、疲労困憊の表情で、じっと陽介の目を見た。昔の琴音そのままの小さくか細い声で答える。
「妖怪……いるよ。怖いのだけじゃないよ」
そう言うと、彼女の瞳が、わずかに潤んでいるように見えた。
「どうした?」
陽介が訊ねると、琴音はわずかに首を振り、口元に微かな笑みを浮かべた。
「ううん、嬉しいの。同じ景色、見てくれる人がいるから」
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呪文(?)は、ぼんやり易行の六十四卦にニュアンスをあわせています。
https://unkoi.com/article/eki_46/
https://unkoi.com/article/26564/
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