呂布、天命に抗う - 三国志IF - 呂奉先伝
チャプタ
第一話:北の飛将
并州、五原郡の北境に近い
地平線の彼方から、それは現れた。黒い、
「……来たか」
その声は、風音にも、敵の
男の名は、呂布。字は奉先。その武勇は既に并州に轟き渡り、北方の異民族からは、畏敬と恐怖を込めて「飛将」――天翔ける将軍、と呼ばれていた。
「奉先様!敵の数、およそ五千!我が方の手勢は僅か三百!敵の先鋒には、あの『黒狼』の旗印も見えます!ここは一旦退き、丁原様のご本隊と合流すべきかと!」
岩の下から、老将・
岩上の若武者は、動じなかった。
「退く、か…」
呂布は、低く呟いた。脳裏に、育ての親である丁原の、厳しくも温かい眼差しが浮かぶ。そして、晋陽の屋敷で父の帰りを待つ、三人の幼い娘たちの顔も。
(あの子たちに、臆病な父の姿は見せられん。そして、この并州の地が蹂躙されれば、あの子たちの未来もない…)
「…いや、退かぬ」呂布は迷いを振り払うように首を振った。その声に、もう迷いはなかった。「馬鹿を申せ、張譲。貴殿は忘れたか。
その呼び方を口にする時だけ、彼の厳しい表情が僅かに和らぐ。彼にとって丁原は、命の恩人であり、武の師であり、そして唯一、彼を理解し、導いてくれる存在なのだ。
「それに…」呂布は、ふっと口元に
その言葉に、張譲は息を飲み、周囲の兵士たちの目に、再び闘志の光が宿り始めた。
呂布は、傍らに控えていた愛馬に、風のように軽やかに飛び乗った。雪のように白い毛で覆われた涼州産の駿馬、名を「
呂布は、馬上から三百の兵士たちを見渡し、方天画戟を高々と天に突き上げた。
「者ども、聞け! 敵は数こそ多いが、所詮は飢えた狼の群れよ! 恐れるな!」呂布の声が、雷鳴のように曠野に轟いた。「お前たちの背後には何がある! 家族か! 故郷か! 己の誇りか! それを蛮族どもに
その問いかけは、兵士たちの心の最も深い場所に突き刺さった。死の恐怖を、守るべきものの価値が凌駕し始める。
「この呂奉先に続け! 奴らに并州の武の恐ろしさ、骨の髄まで教えてくれるわ!」
「「「応っ!!」」」
地鳴りのような雄叫びが、三百の声とは思えぬほど大きく響き渡った。
呂布は満足げに頷くと、方天画戟を構え直し、飛雪の腹を強く蹴った。白き駿馬は
砂塵の向こう、匈奴の先鋒を率いる将は、信じられないものを見るように目を見開いた。三百の手勢が、しかもその先頭に立つのは僅か一騎の武者が、五千の大軍に向かって正面から突撃してくる。狂気の沙汰か。
だが、その深紅の戦袍を纏った若武者の姿には、人間のものとは思えぬほどの圧倒的な「気」が満ちており、歴戦の匈奴兵たちすら、本能的な恐怖に背筋が凍るのを感じた。
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