第17話

 風間はリバウンドポジションで膝を曲げ、軽く構えの姿勢を取っていた。


 正面から見据えてくるその瞳は、冗談交じりの軽口とは裏腹に、どこか本気の気配があった。


 (……なんだよ、この空気)


 一本だけ。そう言ったはずなのに、やけに緊張する。


「じゃあ、いくぞ」


「どうぞ。先輩が本気で来てくれないと、つまんないですから」


 そんな挑発に乗せられたつもりはなかったが、気づけば俺はボールを床に叩きつけていた。


 軽くドリブル、フェイント一つ。彼女はぴたりと距離を詰めてくる。


 想像以上に速い。


(……マジでバスケやってたんだな)


 迷っていると抜けない。なら、シンプルに行くしかない。


 右へ切り込むフリをして、瞬間、逆へステップを踏む。

 彼女の体がわずかに揺れたその隙に、リングへ向かって駆け出した。


 「させません!」


 足音が背後から迫ってくる。


 ゴール下に飛び込んだ俺は、跳び上がり、ボールを放った。


 放物線。空中で一瞬、彼女の手が俺の腕に触れた気がした——けれど、それ以上は届かない。


 シュートはリングに吸い込まれ、すぱん、と心地いい音を立ててネットを揺らした。


「……っしゃ」


 軽くガッツポーズを取る俺に、風間はしばし呆気にとられていた。


 そして、ふっと息をつくと、頬を膨らませてみせる。


「え〜……止めたかったなぁ。そしたら、“お願い”できたのに」


「……お願い?」


「うん。“勝ったら一つお願い聞いてもらう”って、さっき言おうと思ってたんです。言う前に抜かれちゃったけど」


 そう言って、肩をすくめる仕草はいつもの調子だけど、視線だけが、どこか逸らされたままだった。


「……じゃあ、何もなしでいいな」


「それはそれで寂しいなぁ……」


 彼女はとことこと歩いてきて、俺の隣でボールを拾い上げる。


「でも、こうやって二人で過ごすの、楽しかったです」


 ぽつりと呟く声が、意外なほど真剣で。


 俺は返す言葉を見つけられず、ただ彼女を見た。


 ……少しだけ、視線が合う。


「また来ますね。……こはく先輩が、生徒会で忙しいときにでも」


 さらっと言いながら、彼女は背を向けて、ゆっくりと体育館の出口へ向かっていく。


 言葉の意味を深追いしないままにしておけば、きっとこの距離感は保てるのだろう。

 でも、もし俺が今、なにかを返したら——


「……」


 結局、俺は何も言えず、ただそこに立ち尽くしていた。


 響く足音が、扉の向こうへと消えていく。


 静けさだけが、戻ってきた。

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