第15話 後輩視点


――体育祭の借り物競走。

「一番大切な人」ってカードを引いて、彼が連れてきたのは……彼女だった。


赤いハチマキ、少し短めの髪。

教室でも噂の“陽キャ”篠原こはく先輩。


でも、私の目には、それ以上に――

その手を引いた“一ノ瀬先輩”が、まるで映画の中の人みたいに見えたんだ。


* * *


翌日の教室。

勇気を振り絞って、放課後に彼の教室をのぞいた。


(行け、私……!)


軽く深呼吸して、ドアをノックする。


「一ノ瀬せんぱ〜い!」


わざと明るく声をかけた。弾けるように、普段どおりに。


振り向いた彼の目が一瞬まるくなって、それから少し照れたように笑った。


……ああ、やっぱりこの人、かっこいい。


「昨日の体育祭、めっちゃかっこよかったです〜!」


「えっ、あ、ありがとう……?」


「借り物競走! 『いちばん大切な人』って、あれ、ホントにリアルでキュンでした!映画かと思いましたよ!」


笑いながら話しかけると、先輩はちょっと焦ったような顔で頭をかいた。


「え、でも……彼女さんですよね? あの赤いハチマキの……」


「え? いや……あれは、その……」


言葉を濁した。彼女じゃないのか――

そう思ったとき、心のどこかがふっと軽くなる。


「じゃあ、“まだ空いてる”んですね?」


ちょっとだけ意地悪に言ってみた。

けど、その時だった。


「――空いてません」


低くて、凛とした声が背後から届く。


びくっと肩を震わせて振り返ると、そこには篠原こはく先輩が立っていた。


笑ってる。でも、その目は――笑っていない。


「“いちばん大切な人”って、言ってもらったの。ちゃんと、本人から」


「え……で、でもそれって、イベント的な流れっていうか……」


「ううん。ちゃんと目を見て言ってくれた。だから、もう私のもの」


――ズルい、って思った。


堂々と、まっすぐ言い切るその強さが。


私なんかが敵うはずない。

そう、思い知らされた。


「――ごめんね、ほのかちゃん」


優しい声だった。でも、決定的な距離を突きつけられたみたいだった。


「す、すみませんでした……っ!」


その場から逃げ出すように走った。教室のドアが、重かった。


* * *


(――やっぱり、かっこよかった)


教室を出て、校舎裏のベンチに座って、ため息を吐いた。


昨日の彼の顔。

私の知らない、一ノ瀬晴翔。


眼鏡を取られて、一瞬ざわめいた観客席。

そのざわめきの理由を、私はちゃんと見ていた。


整った顔立ち。

でもそれ以上に、誰かをまっすぐ見つめるときの真剣な目が、胸に焼き付いてる。


(ずるいよ……あんなの)


きっと、こはく先輩は、ああいう顔を何度も見てるんだ。


(でも)


それでも――



(まだ、チャンスがゼロってわけじゃないよね?)


こはく先輩には『今は』敵わないかもしれない。


でも、だったら――


「次は、もっとちゃんと勝負する」


風が吹く校舎裏で、私は小さく拳を握った。


心臓はまだバクバクしてるけど、不思議と、顔は笑ってた。

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