第五章 三日月に一夜 第一幕 ご無沙汰してます。
――――え……。
店から出て一言目がそれだった。見たことのある茶髪。お酒が入っていて、それでもなお、記憶に明瞭に残っている。江北駅で見たあの茶髪だった。
「お久しぶりです!政一先生。」
そう言うのは、記憶の人物によく似ているようで、違って見えた。しかし、
「久しぶりだな。綾乃。随分と元気そうじゃないか。」
そうであってほしくない現実を目の前で繰り広げられる。
「はい!病院勤務もだいぶ慣れてきて、殺伐とした職場を作る上司に一発かまそうかと思うぐらいになってきました!」
と冗談なのだろうが、本気ともとれる勢いで先生と話す。
「えぇー!てかマジで久しぶりじゃん!誠也とか変わってなさすぎだし、憲弘相変わらず細すぎじゃん!」
と笑いながら、再会を喜び、橋の欄干に腰をかけながら話す綾乃。その背後に高々と登っている三日月が、俺らも照らす。
「お前は逆に変わったな~。」
誠也が綾乃にツッコむ。
「えぇ?どのへんが?」
「女の修羅場かいくぐってきた感じが前より増してるわ。」
「その言い方やばすぎでしょ!もう少し乙女要素ほしいんだけど。」
そう言って憲弘の方を向く。
「いやぁ……ね……前より勢いが強くなったのは誠也と同感ですかね~。」
「やば~。だいぶ辛辣評価いただいてるんですけど……先生はどう思います?」
先生はこの流れが来ると予想していたのか、
「人生の歩き方がわかってきたって感じがするな。」
「ですよね?ちゃんと大人になったわけですからねっ。」
はぁ……
誰にも聞こえないほど小さなため息をつく。
「てか、慎一も久しぶりじゃん。」
回ってきた。一番いやな流れだ。最後の最後に回ってくる。ついで感がいたたまれなさを増している。
「ご無沙汰してます。」
「え?なんかせっかく久々に会えたのに、固すぎじゃない?」
と、まあ呆れ顔で正論をぶつけられるのだが、
「いやぁ、まさかここに、はるばる来ていただくとは思いませんでしたので。」
怖い。それは、綾乃に対する恐怖なのか、綾乃との過去と結びつける自分に対する恐怖なのか、あるいは両方なのか……わからない。
「まあいいけど……慎一痩せた?」
はい。きました。久々にあった人への言葉が見当たらなくて、もっともよく使われる文言”痩せた?”。
「まあ、多少は痩せたかな。受験期はあんまり運動できる時間なかったし。」
痩せたなんて言うのは嘘だ。なんなら、4㎏太った。食べ過ぎたとかじゃない。大学一年の時にとにかく何か頑張らないと、って考えた結果、筋トレをするようになって、太ったのだ。
「だよね!そんな気がしたんだよね。」
そうやって二人で話していると、誠也、憲弘と先生は一緒に話している。その会話に入り込もうにも……
「え、気まずっ。」
そんな言葉が聞こえた。綾乃は先生たちの方を見てそう言ったのだろう。自分たちが二人で話さないといけない状態にさせられている状況に気づいた。
「あれからどうですか。」
「え、てかなんでまた敬語なん?普通に話してよ。」
はぁ…再びため息が出てしまう。しんどすぎる。というか、そもそも気まずいとか思っても言うなよ。
「高校の時の友達とは会ったりしてるの?」
普通に話すなんてことができるんだったら、あの時縁を切るなんて言ってない。そう言いたかったが、言えば今日まで送ってきた俺の日々が、そうして迎えた今日という日が、壊れる気がして、ぐっとこらえた。
「まあ、そうだね~。たまぁに一緒にご飯いったりすることはあるかな。逆にそっちはどうなん?」
この半年、家から出ていないなんて言えるはずがない。
「そんなに頻度は高くはないけどって感じかな……。」
――再び静寂が訪れる。
「ていうか綾乃はなんで江北にいたん?」
その静寂に誠也が助け舟を出してくれる。
「本当にたまたま帰りの途中で、誠也と憲弘が見えたから話そうかなって思ってついていこうと思ったら、お店入っていくの見えたからいったん帰って。で、それでさっきのLINEを送ったの。」
「じゃあ、たまたま江北にいるってのは飲み会後のことじゃなくて、始まるタイミングだったわけね。」
「そゆこと~。」
でも政一先生がいることについてはその時点では知らなかったのでは?
「ついでにいえば、政一先生がいたのも見えてたからね~。これはなんかあるって、反応したわけよ。」
さて、こいつはここにきて、政一先生と話して、どうしたいのだろうか。
「それで誠也に連絡して来たところ、予測通り俺らがいたわけだ。」
少し解説気味に話す憲弘は、酔っているような雰囲気を感じさせない。
「え、先生はしばらく綾乃と話していきますか?」
まあ、個人的にはその方が助かる感はある。
「え、逆にお前ら俺と綾乃おいてくんか?」
今更先生と綾乃を二人にしたところで問題はないだろうから、何も心配することなくそう言った誠也に先生が反問する。
「いやぁ、だって、綾乃の目的はどちらかっていうと先生かなって思って。」
それは同感だ。非常に同感。
「えぇ?そんなこと言ってないし、誠也たちとも話したいんだけど。」
言っていないのは確かだ。しかし、これ以上は……
「話すっていったって、何を話すんだよ。もう昔話は終わったし、話すことなんてせいぜい誠也に彼女ができたぐらいだろ。」
憲弘が誠也をだしにする。少し気温が蒸し暑い気がするが……まあいいや。
「ええええー!!誠也彼女できたの?!彼女できる気配一番なかったのに?!!」
「いやいやいや。そんなことないから!俺こう見えても割と出会いは多いし。」
「そういうことじゃなくて、誠也ってどちらかって言うと、良き隣人って感じだから、あんまり恋愛対象にならなさそうなんだけど……」
と笑いながら言う。こいつはストレートすぎる……。しかし、誠也は笑って受け流す。
「さすがに言いすぎやろ。男磨きしまくったから!」
確かに、筋トレを大学一年からずっと、誠也はすごく頑張っていた。
「まあ確かに、前会った時よりごつくなったなぁとは思ったけど。」
「だろぉ?そういうこと。」
みんながそうやって話している輪に、全く入ることができない。それは自分の能力の問題なのか、それとも”この状況”の問題なのか、それとも不快に感じるこの蒸し暑さなのか…わからない。けれど、俺はこの談合を客観的に見たい気がする。それは、自分がこの場に存在しないとして、俯瞰するような感じで…
――――――
「おいおい、お前大丈夫か?」
政一先生が俺に向って、心配するような声をかけてくる。大丈夫って何が……?
「慎一……!?」
何が何だかわからない。なんで誠也がこんなに焦っているのかもわからない。ただ酔いが程よく回って心地いいぐらいだ。
「お前、なんでそんな……え…?」
至って健康な自分の体は、自分がよく知っている、25年一緒に歩んできたこの体を、確認する。
―――「はぁ…?」
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