第11話「闇を裂く光」
カメロットの朝は、どこか重かった。
砦奪還と毒混入事件から数日。すでに城全体が、見えぬ何かに怯えているようだった。
誠が牢から出されたのは、そんな空気が最も濃く漂う刻だった。
「……誤解は解かれたわけではない」
ベディヴィアが静かに告げる。
その隣で、ケイ卿が腕を組みながら言い放った。
「俺はお前を見張るだけだ。勘違いするなよ、軍師殿」
言葉は棘だらけだ。
だが誠は、返さなかった。
まだ正面から彼らに信頼を求める時ではない。
アーサー王の前に立つと、王はゆっくりと言葉を紡いだ。
「誠……我が円卓に“影”がいる。
毒の混入は、あれは外からの犯行ではない。
ならば探れるのは、お前の目と頭しかおらぬ」
誠は深く頭を下げる。
「……わかりました。必ず見つけます。裏切り者を」
城内の調査は、地味で、しかし誠にとっては馴染み深い作業だった。
誠は一枚の羊皮紙を広げ、鉛で線を引き始める。
「給仕の移動ルート、食器の保管場所……
騎士たちの席順……これを整理すれば、誰がどの杯に触れたか“見える”。」
現代自衛隊の“オペレーション分析”の技術だ。
異世界でも、理屈そのものは変わらない。
ベディヴィアが感心したように覗き込む。
「まるで……地図を描くようだな」
ケイは鼻を鳴らす。
「紙を眺めて敵が見えるなら、苦労はしねぇよ」
しかし誠の手は止まらなかった。
線と線をつなぎ、点を置き、問題点を抽出する。
――そして、ふと手が止まる。
「……おかしい。ひとりだけ、動線が“入れ替わっている”」
「入れ替わっている?」ベディヴィアが眉を寄せる。
「本来そこにいるべき時間に、別の位置にいた記録がある。
……これは、誰かが“自分の行動をごまかした”証拠かもしれない」
ケイがようやく誠を見る。
その目に、微かな警戒と興味が混じっていた。
日が暮れ、誠の部屋へ戻ったときだった。
床に、黒い羽根が落ちていた。
「……鳥の羽?」
拾い上げると、羽根には小さな札が結んである。
光に透かすと、そこには――
《円卓の紋章が “逆さ” に刻まれている。》
そして札の裏には、たった一言。
《引き返せ 光の者よ》
誠の背筋が一瞬で凍りつく。
「誰かが……ここに入った?」
ケイが剣に手をかける。
「侵入者だと? どうやって……!」
ベディヴィアが羽根を睨みつける。
「これは警告だ。お前の調査を“影”が察知した……」
誠は静かに札を握りつぶした。
「……動き始めたんだ、“敵”も」
翌朝。
誠は動線の異常から、ひとりの人物に目をつけた。
――給仕長。
円卓の騎士たちと深く関わり、特にセドリック卿と接触が多い人物。
「昨夜、この男は城を抜けたはずです」
誠の言葉にケイが舌打ちする。
「本当にそんな妙な推理が当たるのか?」
「当たりますよ。……行きましょう」
三人はひそかに城を出て、尾行を開始した。
給仕長は周囲に気を配りながら、
城の裏手にある古い礼拝堂へと足を踏み入れた。
中に灯りが揺れている。
ケイ「殴り込みか?」
誠「待ってください。ここ……“音が反響する位置”があります」
誠は柱の影に身を伏せ、床の構造を読み、“声の集まる一点”を見つけた。
聞こえてきたのは、低い声。
「……影の王に忠誠を。
円卓はすでに腐り落ちた。新たな主を迎える時が来た」
ベディヴィアが息を呑む。
ケイは怒りを噛みしめ、剣の柄を握り締めた。
誠はただ静かに言う。
「……わかりました。裏切り者は、一介の給仕じゃない。
“もっと上” にいます」
夜、アーサーの執務室。
誠は跪いた。
「陛下。影の気配を掴みました。
しかし敵は、城の奥深くにいます」
アーサーは誠を見つめる。
「誠……三日で足りるか?」
「いいえ。多すぎると逆に危険です。
影は僕の行動を監視している。長引けば、必ず先手を取られます」
アーサー「では、どうする?」
誠は顔を上げ、決意を宿した目で言った。
「――罠を張ります。影を自ら動かせる“罠”を」
アーサーはゆっくり頷く。
「任せよう。誠……お前の光が、この闇を裂くのだ」
誠は静かに立ち上がった。
(この戦いは剣ではなく、心と策の戦いだ……負けるわけにはいかない)
こうして誠の“影狩り”が本格的に動き出した。
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