第8話 影を炙る策

カメロットの空は曇天に覆われていた。

 砦の勝利からわずか数日。だが祝宴の余韻はなく、むしろ城は疑念の影に包まれていた。


 「異邦人が毒を仕込んだ」

 「いや、砦奪還の立役者だというが、全て自作自演では」


 そんな噂が、石廊や兵舎の片隅で飛び交っていた。


 (……これじゃ、俺が影の正体みたいだな)

 誠は苦笑を隠し、足を止めずに歩き続けた。


 その日、誠は王に呼ばれ、密室で言葉を受けた。

 玉座の奥、重い扉を閉ざした小広間。


 「誠。お前に“調査の自由”を与える」

 アーサーの蒼き瞳は、鋭くも揺るぎない光を帯びていた。

 「影を炙り出せ。剣ではなく、知恵でな」


 誠は短く頷いた。軍師としての戦場は、剣戟だけではない――そう悟らされた。


 調査は細部から始まった。

 宴に並んだ皿の順、給仕の動線、倒れた騎士たちの席の配置。

 地図のように描き出すと、一つの共通点が浮かぶ。


 「……毒は一つの杯だけじゃない。運びの“順番”に合わせて仕込まれていた」


 独り言に、背後のベディヴィアが頷く。

 「宮廷の戦は、剣より難しい。笑顔の裏で刃を隠すからな」


 その言葉は警告であり、励ましでもあった。


 やがて誠は、一つの策を打ち明ける。

 円卓の会議の場で。


 「もう一度、宴を開きましょう」


 場がざわめく。

 「愚かな!」

 「再び毒を招くつもりか!」


 誠は動じずに続ける。

 「――だからこそ、影は必ず動く。俺が仕切れば、誰が毒を混ぜたか必ず炙り出せる」


 円卓の騎士たちが口を噤む中、アーサーが静かに言った。

 「……任せよう」


 宴の夜。

 広間には杯が並び、兵や騎士たちが見守っていた。

 誠はすべての酒樽に封をし、杯は順番通りに運ばせた。

 さらに――一つだけ“偽物の杯”を混ぜておいた。


 (さあ……影よ。動け)


 やがて、偽の杯にだけ毒が混入していることが明らかになる。

 「毒だ!」

 誠の声が広間を裂いた瞬間、場は騒然となった。


 逃げるように動いた一人の給仕、そして、その背を庇おうとした円卓の騎士――セドリック卿。


 「……なぜ、あの者を庇う?」

 誠が指摘すると、セドリックの顔色が変わる。


 「異邦人……お前にわかるものか!」

 セドリックは剣を抜くが、兵に押さえられる直前、声を張り上げた。


 「我らはひとりではない! もっと深い闇が、この城を覆っている!」


 叫びは途切れ、彼は捕縛された。

 だがその言葉だけが、広間に重く残された。


 会議が解散した後、石廊を歩く誠に声がかかった。

 「……お前の策、確かに見事だった」

 ランスロットの声は冷静だったが、その瞳はわずかに揺れていた。


 ガウェインは誠の背を支えるように微笑み、ケイは無言のまま視線を投げた。


 誠は胸の奥で呟く。

 (影は一人じゃない……これは、ほんの序章だ)


 導かれし軍師の戦いは、いよいよ“宮廷の闇”へと踏み込んでいく――。

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