古い知り合い その1
「うおおおお大丈夫かカーラちゃん!! パパが帰ってきたからなぁあああああ!!!!」
「痛い痛いヒゲが痛いってパパ!!」
バァンと勢いよく扉を開けて入ってきた男がカーラを抱きしめて頬ずりをする。カーラはヒゲにじょりじょりと擦られ悲鳴を上げた。
「ええっ痛い!? どこか怪我をしているのかカーラちゃぁあん!?」
「あんたのヒゲが痛いっつってんだよバカ」
「あいで!?」
テンションの高い男を後から部屋に入ってきた女が小突いた。……小突いたにしては随分と重い音がした。
「で、何があったのカーラ。壁に穴空いてたけど……っ!?」
部屋の中を見渡した女は、ノラの姿を視認するやいなや素早く飛び退いた。
女の身なりはどこにでもいる主婦といった格好だったが、ノラを見てすぐに距離を取り構えた身のこなしからして、相当の手練だろうと分かった。
「ん?」
と、ノラは部屋に入ってきた二人の男女を見て眉をひそめた。この街に来るのは初めてのはずだが、どうにも見覚えがある気がする。
「むっ! 何だお前怪しいや……つ……」
女の反応を見て短剣を構えた男だったが、ノラの姿を見て口を閉じた。
「あれ、もしかしてお前、「月光」……? S級冒険者の」
「そういうおまえたちは、A級冒険者のカリスとリーシアか」
ノラは二人を見てそう答えた。
カリスとリーシア。ノラが隣国で冒険者として活動していた時、大規模な魔物討伐の緊急依頼があった時などに共に行動したことがあるベテランだ。
普段は別の仕事をしていて、緊急の依頼が来たときだけ呼び出されて参加しているのだと聞いた覚えがあったが、まさか隣国で古着屋を営んでいたとは。
それよりも、とノラは口を開く。
「おれはノラだ。その、月光とか呼ぶのをやめろ」
「えっ? せっかくの二つ名だぞ? 冒険者なんてのは皆二つ名で呼ばれるために活動してるようなもんだろ?」
不思議そうな顔をするカリス。んなわけないだろ。
「あんた、そんな事はどうでもいいじゃないの。それより、どうしてノラがこの街に? 何があったの?」
◆ ◆ ◆
「なるほどね」
カーラとノラから大体の事情を聞いたリーシアはパキッと拳を鳴らした。
「こいつらから殺せばいいってことね?」
「「んむーー!!!! んんーーん!!!!」」
「そうなるよな」
「「んんんーーー!!!!」」
二人を殺すことに躊躇いのないカリスとリーシアであった。
可愛い可愛い愛娘に手を出されているのだ。なんか面倒だから殺そうというノラよりも殺しに対するモチベーションは高い。
「待て、どうせ殺すならおれが拷問して話を聞いた方がいい」
「それもそうだな」
「お願いしようかね。何か必要? ノコギリとか使う? あんた、納戸からサビサビのやつ持ってきとくれ」
「釘抜きも使うかな? ペンチみたいなやつ」
「まとめて持ってきておけばいいんじゃない?」
「両親がナチュラルに拷問の話ししてるのなんかヤダ……」
カーラはぽろりと涙を流した。冒険者は荒事に強く、元冒険者である両親もそれなりに荒事は経験しているのだろうなとは思っていたが、こんな自然に拷問がどうとか言い出すとは思わなかった。流石にショックだ。
「というか、月光っていうのは……? それに、S級ってどういうこと?」
「ん? ああ、カーラちゃんは知らないよな」
カリスは錆のついたノコギリや怪しいペンチに釘抜きなどをテーブルの上に置いてからノラを指さした。
「こいつはノラ。隣国の冒険者ギルドでS級認定を受けた冒険者で、月光っていうのは二つ名なんだ。全身真っ黒の夜みたいな格好で、満月みたいな金色の瞳をしてるから月光。情け容赦無い戦いぶりで、夜の闇を照らしはしても、陽光のように温めることはない冷たい月光だ、って恐れられてたんだ」
「……そう呼ばれるのが嫌で目を隠しているんだ」
ノラは小さく息をつく。
「しかし、あの月光のノラがわざわざ拠点を変えるなんてねぇ。「極光」はどうしたんだい? 確か一緒にパーティーを組んでいただろうに」
「……ヴィか」
ノラはリーシアの言葉に一瞬黙り込んだ。
「あいつはあいつの道を行く。光差す道を。おれは一緒には行けない。それだけだ」
「……そうか」
ノラの言葉を、カリスは静かに飲み込んだ。
「それで、子供服を探してるんだって?」
リーシアは重苦しい空気を吹き飛ばすようにぱんぱんと手を叩いた。
「ああ、色々と事情があってな。動ける算段がついたら本人を連れてきちんとした服を買いに来る。今日の所はひとまずカウンターに置いたアレと、サンダルがあればそれを」
そう言ってカウンターを指差す。
「あ! そうだったサンダルだ!」
カーラは何かを思い出したように立ち上がるとたたたたたっと奥へと駆けていった。それからしばらくして、またとてとてと足早にこちらに戻ってくる。
「うちにある子供用のサンダルはこんな感じなんですけど、どうですかね?」
カーラがテーブルの上に何足かのサンダルを並べる。ノラはそれを手に取りしげしげと眺めた。
革紐を使った簡素なサンダルだが、やはりつくりがいい。しっかりとしている。高級品というわけではないが、丁寧に作り込まれているのが分かる、良い品だった。
「これを」
そのうちの一つを選んでカーラに渡す。
「じゃあ服と合わせて包んできますね」
「頼む」
サンダルを手に店頭のカウンターに向かうカーラ。それを横目に見ながら懐から財布を取り出していると、リーシアが彼に声をかけた。
「事情っていうのは、聞いても大丈夫なやつかい?」
「…………」
ノラは何も言わない。口を閉ざしたままカリスとリーシアの二人を見て、それから考えるように視線を泳がせた後、観念したように口を開いた。
「おれは今手当たり次第に悪いやつらを皆殺しにしているんだが」
「「待って待って待って」」
カリスとリーシアは二人揃ってノラを止めた。
「えっ? その、えっとそれはなんでまた? そういう仕事? 治安維持的な?」
意味がわからないという顔で尋ねるカリス。
その質問にノラは思案する。仕事……では無い。誰かに頼まれたわけではない。治安維持? それも違う。正直治安などどうでもいいと思っているし、殺すことで治安を良くしようというのならもう全員殺そうぜという話になってしまう。目的というのであれば人の心を手に入れるためだが、それを噛み砕いて言うのなら……。
「趣味だ」
「「趣味!?!?」」
カリスとリーシアは大声を上げて驚いた。二人の声を聞いてカーラが店の方から顔を覗かせてくる。
「な、何かあったの?」
「いや、なんでもない、なんでもないよ。あはは……」
「カーラは早く品物を包んであげて」
「うん、わかった」
二人にそう言われ、カーラは大人しく戻っていく。それを見届けてから、カリスとリーシアはノラにぐっと詰め寄った。
「どういうことなんだよ月光の! 趣味で悪いやつ皆殺しにして回るってなんだよ!」
「どういうって……仕事でもないし正義のためでもないなら、個人的な趣味としか言いようが無いだろう」
「ええ……?」
カリスは怪訝そうに眉をひそめる。個人的な趣味で悪者を殺して回るのは何なんだろうか。恐ろしいやつとは思っていたが、ここまで頭のネジが外れたやつだったとは。
「まあいいや、で? その、皆殺し趣味がどうして子供服につながるんだ?」
「そうだな……」
どこまで話したものか、とノラは考える。ちらとカーラの方を見るが、彼女はまだこちらに戻ってくる様子はない。
「直近で壊滅させた施設があったんだが、そこでは黒マナの精製をしていたようでな。非合法な手段で手に入れた奴隷を「加工」して、黒マナの精製を行っていた」
ガタッ。ノラの言葉を聞いて、カリスは椅子から立ち上がる。
「黒マナの精製って、お前それまさか……」
「ああ、高い治癒能力を持った奴隷を使っていた様でな。傷つけては治癒させて、死なないように苦しめ続けて黒マナを搾取し続けていた。おれが見つけたそいつは、施設の連中に「肉スライム」なんて名前で呼ばれていたようだ」
「……そんな」
リーシアは唇を強く噛んだ。黒マナがどういうものなのかは、A級冒険者、この国で言えばゴールド等級の冒険者である二人はよく理解している。
強い魔力を持つものが、強い苦痛や絶望を味わうことで発する邪悪な魔力。それを継続的に搾取するとはどういうことなのか。高い治癒能力を持った奴隷が、「肉スライム」と揶揄されるような状態になるとはどういうことなのか。理解してしまったのだ。
「じゃあ、子供服が入り用っていうのは……」
考えたくないと言わんばかりに表情を引きつらせるカリス。ノラはそんな彼を見ながら続けた。
「殺してやったほうが良いと思った。だが、あいつはあんな姿になっても尚、生きたいと望んでいた。だから、荒療治ではあったが、助けてやることにした」
「待て、肉スライムに荒療治ってお前……」
「……死なないように注意しつつ、歪に再生した身体を解体して組み立て直した。半日がかりで手術して、何とか人並みの身体にまで再生できたはいいが、着るものがなくてな」
ノラの言葉に、二人は強く奥歯を噛み締めた。
何ということだ、何という……。
「とりあえずこんなもんでいいかな……ってあれ? パパ? ママ? どうしたの?」
頼んでいた商品をまとめ終わったのか、カーラが包みを持って部屋に戻ってきた。カリスはカーラから包みを受け取ると、その中からワンピースを一着取り出す。
「……小さい服だ。女の子は男の子より早熟だから、背が伸びるのは男の子より早い。それなのにこのサイズの服ってことは、それだけ……」
血管が浮かぶほど強く拳を握りしめる。
古着屋だから、服を見て大体察してしまった。採寸していないとは言え、月光のノラが手ずから手術した相手のサイズを見誤るとは考えにくい。この服は本当に丁度いいサイズの服なのだろう。
「……安心しろ。あいつは、タマは意識もはっきりしているし、後遺症も今のところは見られない。施設に関しても、手がかりになる資料なんかを回収した後職員を皆殺しにして火を放ってきた。問題はない」
「えっ皆殺し? 火?」
「ああえっと、カーラちゃんはそっちの方でヨルムンガンドと遊んでてね」
「う、うん?」
不思議そうな顔をしながらカーラはヨルムンガンドを連れて部屋の隅の方に行った。
ヨルムンガンド? あの犬の名前? ヨルムンガンドって神話に出てくる化物の名前じゃなかったっけ? あの娘はヨルムンガンドをよっちゃん呼びしてたの?
そんな疑問が一瞬ノラの脳裏をよぎったが、あまり深く考えすぎないことにした。
「まあそういうわけだ。このあたりにいるやつらを片付けないといけないし、一旦はこの街を拠点にしようと思ってな。今日はこの街の冒険者協会に登録に行って、タマに必要な品を買い揃えておこうと思って街に出てきたんだ」
「そうか……」
カリスは重々しく返事をした。
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