第3話 血管美人はヤクザ?(3)
「お姉ちゃん!畑で誰か倒れてるよ!」
のどかに消毒用具を整理していたある日の午後。
隣のちびっ子の叫び声に驚いた私は、手に持っていたピンセットを放り出して外に飛び出した。
少年の言った通り、畑のそばに長身の男が倒れていた。
私はすぐさま指示を出す。
「ウィリー、お父さんに言って担架を持ってきて!病院にも連絡してね!」
少年が駆け出していったあと、私は倒れた男を仰向けに寝かせた。
黒いローブに身を包み、顔すら仮面で覆った謎の男。
高鳴る鼓動を押さえながら、私は応急処置の手順を頭の中で確認した。
「まずは……A・B・C!気道確保、呼吸、循環!」
幸い、脈はしっかりしている。
ひとまず安心して、私は彼の肩を強く揺すった。
「もしもし!大丈夫ですか!?しっかりしてください!」
そう言って仮面に手を伸ばした、その瞬間――
「……やっぱりか。噂は本当だったな」
「え……?」
まるで跳ね起きるように、男は上体を起こし、私の腕をガシッとつかんだ。
顔がぐっと近づく。その素早さは、どう考えても“倒れていた人”の動きじゃない。
ぽかんとしている私に、男は仮面越しに低く、威圧的な声で言い放つ。
「この辺りで無許可の医療行為をしてる女がいるって聞いた。……それが、あんたか」
ナースである私にとって、まさかこんなヤクザまがいの尋問を受けるとは。
あんぐりと口を開けた私は、思わず抗議する。
「ちょっと待ってください!倒れてた人を助けただけなのに、なんですかその言いがかり!
私、病院なんて開いてません!
確かに相談はしますけど、ただの生活改善のアドバイスですから!医療行為じゃないです!」
でもその男、まったく聞く耳を持たず、勝手に「逮捕」を宣言した。
「言い訳はいい。詐欺の容疑で連れて行く」
「……はぁ!?なんなの、この人。完全にヤクザじゃない!」
その手を思いきり振り払おうとした、そのとき――
ローブの隙間から覗いた白い腕に、私は目を奪われた。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」
気がつけば、私はその腕をがっしりと掴んでいた。
一瞬で立場が逆転し、男が面食らったように叫ぶ。
「な、なんだ……!」
「す、すごい……腕、いや、血管っ!」
――この男は、私が24年間見てきた中で、最も美しい血管を持っていた。
太くまっすぐに浮かぶライン。
白い肌の上にほんのり青く光る繊細な色合い。
硬すぎず、かといって細すぎもしない絶妙な弾力。
これなら18Gの太い針でも「ぷつっ」と気持ちよく刺さるだろう。
そしてそっと針先を滑らせれば、血液がカテーテルの先に美しく浮かんで――
……ああ、よだれ出そう。
ナースなら分かるはず。
理想の血管を前にしたときの、このときめきと興奮。
「……はっ!?ご、ごめんなさい、今、私……なにして……!」
正気に戻った私は、慌てて腕から手を離した。
唖然としていた血管ヤクザもすぐに表情を引き締め、再び私を睨みつけてきた。
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