グローアップ・ジャック
岩魚
第1話
『総員、構え』
スピーカーから音声が流れる。
『擬似コンペの内容はデスマッチ、擬似コンペの為、制限時間は17時まで。勝利条件は最後の6人となる事』
無機質な声が、殺気立つ校舎にこだまする。
『ーー開始』
その瞬間、殺し合いが始まった。
「あーあ、暇だなあ」
とある学校、その屋上。
1人雲を眺めながら、呟く黒髪の青年の姿があった。
「そりゃ俺たち“Fランク”ですし?進学も就職も底辺にしか行けない、どうしようもない集団ですから」
呟く青年の横にはもう1人、金髪の青年。
こちらはため息をついて未来を憂いていた。
「大体、なんだってこんな所に……」
「ハハッ、俺についてくる事なかったのに」
後悔を抱く金髪の青年に、黒髪の青年が笑いかける。
「うるさい、あの時は俺だってお前の考えが面白いと思ったんだよ」
金髪の青年はブツブツと文句を垂れていた。
その時だ。
『全校生徒の皆さんに連絡します』
昼休みにも関わらず、校内放送が流れた。
「あん?」
「なんだ?」
2人は顔を見合わせる。
聞き慣れない音声に、聞き慣れない時間。
2人は息を呑んで続きを待った。
『…これより、“選抜コンペ”を実施します。希望者は体育館に集合してください』
「ふむ、40人……“選抜コンペ”と言ったのでもっと集まるかと思いましたが、こんな物ですか」
体育館では、壇上に立つ人物が、集まった人数に不服そうな態度を見せる。
「まあまあ校長、むしろ“Fランク”のこの高校で40人……実に10%ほどの生徒が参加を表明してるんです。多い方ですよ」
壇上に立ち不服そうにする校長の隣で、上等なスーツを着こなす男がそれを宥める。
「そ、そうでしょうかな!いや、あなた様がおっしゃるならきっとそうですな!ハハハ!」
校長は隣の人物の言葉を受けて、さっきまでとは打って変わって媚びるような態度を見せた。
「なぁリュウ。あの人って……」
「現職の総理大臣補佐官だ。ツグも見たことあるよな?」
屋上にいた2人……リュウとツグも体育館に来ていた。
「……って事は!」
「ああ。ようやく運が回ってきたんだ」
2人は顔を見合わせて笑い合う。
2人はある目的のためにこの高校に入学した。
その目的は2人にとっては重要なものであり、周りがどれだけ反対したとしても2人は止まらなかった。
「ツグ、忘れてねぇよな?」
「おう、リスクなしにリターンなし、」
「何か欲しけりゃリスクを負え!」
2人はスローガンのような言葉を言い合わせると、握り拳をコツっと当てる。
その時だ。
「…えー皆さん、それでは時間になりましたので、ただいまより“選抜コンペ”の説明をさせていただきます」
校長が壇上から、マイク込みでも小さな声でボソボソ話し始める。
「この度、ここにおわすお方、内閣府総理大臣補佐官の
「おー……」
「やった…!」
「それってつまり…!」
校長の言葉に、その場にいた生徒たちが小さく喜びの声をあげる。
「えー静粛に。皆さんが今反応された通り、“リンク番付”に名を連ねるには、“固有キー”が必要です。よってこの度、君島様より固有キーを代表選手分、無償で提供いただけることとなりました」
続いた言葉に生徒のどよめきが一層強くなる。
「そのため、我が校の代表選手を決める“選抜コンペ”を開催いたします」
「うっし」
「ここまでは読み通り……後は実力を見るなら……」
リュウとツグもグーを作りながら嬉しそうにする。
ここまでも、そして、この後の流れも、彼らの想定通りだった。
「コンペの種目は“デスマッチ”、勝利条件は最後の6人に残ることとします。開始は帰りのホームルーム終了後、15分経ってから。それでは解散」
「……粒が揃うことを楽しみにしています」
校長、そして君島と紹介された黒服は終わりと同時に壇上を去った。
「あれ、今から開始だと思ってたのに…」
リュウが肩透かしを喰らったとばかりに肩をすくめる。
「あってるよ。あれは、“今からコンペをよく確認しとけ”ってメッセージだ。リュウ、午後の授業はサボるぞ。聞いても意味ない」
「ハッキリ言ったな……」
勝つために、すぐさま行動を始めるツグに苦笑しながらもリュウはついて行く。
「作戦を練る。当然組むぞ」
ツグはリュウを見ながら、イタズラっぽく笑うのだった。
『ワールドリンクTV〜!』
午後の屋上。高めの女声ナレーションと共に軽快な音楽が流れる。
『僕はリンクボールのリンボくん!お姉さんお姉さん、今回はチューブリンク特別編なんだって!』
『そうなの!今日は、この世界的動画サイト…チューブリンクで、良い子のみんなに、この世界で大事な事を伝える特別編よ!』
動画では、球体のマスコットとポロシャツを着た女性がやり取りしている。
「そんな一年前に出た、それも小学生向けの動画なんか見てどーすんだよ」
リュウが呆れながらツグを見る。
「大事な事だよ。俺たちは一年ブランク持ってるんだ。基礎の基礎をまず思い出した方がいい」
ツグはビシッと一本指を立てる。その勢いには、ツグの言ったブランク期間の損失の大きさが感じられた。
彼らは、過去に同じようにコンペに参加した経験があった。
しかし、最後に参加したコンペからは1年の期間が空いている。
「お前らしいっちゃお前らしいけどよ……ま、俺も見るか」
リュウはツグの発言に思うところがあるのか、自身のスマホで同じ動画を見始めた。
「……それでは時間になりましたので始めさせて頂きます」
帰りのホームルームから15分後。
体育館には、集まってきた参加生徒、そして、見慣れない装置が数多くあった。
「各自、リンクポットへ」
壇上に立つ教頭が指示を出すと、全員がそれぞれの装置に入り込む。
「リュウ、分かってるな?」
「ツグこそ。5分以上はここで待たねぇからな?」
二人は一言ずつ交わし、他の生徒と同じように装置に乗り込んだ。
「では、ルール説明の前に、各自、ベーシックキーを2つ選択して下さい」
音声案内に従い、二人は準備を進めた。
「それではコンペを開始します。時間は今日の17時まで。決まらない場合は協議の上、対応を判断します」
教頭がそういうと、ツグはいつのまにか校舎の屋上にいた。
『総員、構え』
スピーカーから音声が流れる。
『擬似コンペの内容はデスマッチ、擬似コンペの為、制限時間は17時まで。勝利条件は最後の6人となる事』
無機質な声が、殺気立つ校舎にこだまする。
『ーーー開始』
瞬間、殺し合いの幕が上がった。
「おせーぞツグ!」
体育館。そこには壇上で座り、頬杖をつくリュウがいた。
「きっかり5分だ、十分だろ」
ツグは腕時計を見ながら話す。
その時だった。
「もらったぁー!!」
ツグの背後から、日本刀を振りかぶる男子生徒が飛び出してきた。
「死ねぇぇ!」
大声と共に振り下ろされた日本刀は、ツグの首を鮮やかに切り裂き……はせず、刀の方が真っ二つに割れた。
「な、何ぃ!」
「何ぃ!はコッチのセリフだ。何をもらったのか、俺に教えてくれ」
振り返ったツグが生徒の胸ぐらを掴み、地面に叩きつける。
「待、待っ
ドゴシャア、という音と共に、ツグの拳が男子生徒の顔面に叩き込まれ、その言葉が途切れた。
少し後、男子生徒の体が消滅する。
「おいおい頭潰すとかおっかねーな。今ので何人目だ?」
「まだ三人目だよ。そっちは?」
「四人。待ってると向こうから来てくれて楽で良いや」
二人はお互いに討伐数を言い合う。
その後、ツグはその場で屈伸を始め、リュウは腕を鳴らしながら立ち上がった。
「しっかし、硬化と重力増加か。また好戦的な組み合わせだな」
リュウが意外そうにツグを見る。
「まあ、肩慣らしも兼ねてるからな。なるべく動くタイプの方が都合が良かっただけだよ。そっちは?」
ツグが今度は肩を回しながら問い返す。
「ん?いつもと一緒だ。感覚強化と帯電体質。バチバチ行くぜぇ〜?」
リュウの周りで僅かに放電が起きる。
「はぁ……」
その姿に、何故かツグは呆れた顔をしてため息をつく。
「おいなんだその顔……あ」
「おうそうだよ、さっき言ったよな?ミラーリング取っとけって」
ツグがジト目でリュウを睨んだ。
「わ、悪かったよ…ハハ……持ってそうなやつ探すからさ」
リュウは焦ったように耳に手を当てると、目を閉じた。
*******
放課後になるまでの間、ずっと二人は屋上で動画を見返していた。
『じゃあリンボくん!早速始めよう!まずは、リンクシステムから!』
動画のオープニングが終わると、女性がホワイトボードを取り出し、ペンで図を描いた。
『リンクシステムは、現実の人を電子の世界に投影して、操作出来るシステムの事だよ!』
『へー!一昔前だと、VRっていうので同じようなことが出来たよね!』
『そうなの!でも、VRは現実の自分の体も一緒に動かすか、コントローラーでの操作で、今ほどの自由度もなかったよね!だから思ったほど使い勝手は良くなかったの。エクササイズには丁度良かったんだけど……』
『ああ、お姉さん最近太ったって
『何か言った?』
『ヴェ、マリモ!』
マスコットのリンボくんが女性の右手に潰されそうになる。
『……ゴ、ゴホン!でね、それを解決したのがリンクシステムってわけ!』
女性はしばらくしてから、ハッとしたようにカメラを見て話を戻すと、ある機械を取り出した。
『これがリンクシステムを起動する装置、リンクポットよ!人の意識を電脳世界に飛ばす装置なの!電脳世界は現実とほとんど変わりないし、特殊なヘルメットで体を動かす脳波を遮断しつつ電脳世界の動きに反映するから、現実で体が動くなんてこともない、安心安全に遊べる装置なのよ!』
「…まあ当たり前だよな」
「しかし未だに気になるな。あの装置、壊れることないのか?」
ツグは疑問をつぶやく。
『え?壊れないのか、って?大丈夫!世界一の安全性を誇る日本の自動車メーカー、アトヨット自動車の多大なる強力で、たーっくさん安全装置が組み込まれているから、もしもの時も安心なの!』
「…何で自動車メーカーが?」
「もちろん自動車メーカーだけじゃないんだろうが…人が扱う、それも特段安全性が求められる機械を作っていて、知識や技術力を持っている会社だから安心って事だろ」
「ふーん……いや、そんなのはどうでも良いんだよ」
リュウは動画のシークバーを動かす。
「あー、現代っ子だなぁ」
「明日使えるムダ知識聞いて何になるんだよ」
リュウは横になって動画を再開した。
『電脳世界ならなんだって出来るの!空を飛んだり、魔法を使ったり、身体を強化したり!でも、現実のみんなはそんなこと出来ないよね?それじゃあやり方なんてイメージ出来ない』
『そこで僕の出番さ!』
『きゃっ』
女性の前にリンボくんが割って入った。
『君たちが出来ない色々な事、そのやり方は僕、リンクボールの中に詰まってるんだ!』
リンボくんは自分を指差すと、身体に入ったラインが光り始めた。
『リンクボールには、量産型と、各自が持てる固有型の二つがあるんだ!もう持ってる子もいるかもだけど、固有型は超!超超超高価だからね、大事にするんだよ?』
リンボくんがシーッというジェスチャーをする。
『で、モノによって中身の差はあるけど、このリンクボールの中には、リンクキーっていう、電脳世界で特別なことが一つ出来るようになるデータが入ってて、これを持ちながら電脳世界に入ることで、キミたちは自由になれるんだ!』
リンボくんが精一杯の、悪魔的な笑顔を見せる。
『おっといけない、ウラの顔が…笑。とにかく、ここまでがリンクシステムの紹介だよ!それじゃあ次は、コンペについてだ!』
リンボくんがフリップを取り出した。
『コンペは、いわば対戦みたいなモノだね!昔のeスポーツと一緒さ!お互いに実力を競い合って優劣をつける、優れた方が勝者となり劣った方が敗者となる、それだけのものさ!ルールは色々あるけど、今回みんなには、各ルールで共通している部分について教えよう!』
リンボくんがフリップを裏返すと、コンペのイメージ図が現れる。
『まずは基本その一!コンペには一つの勝利条件!相手を倒すこと、相手とゲームをして勝つこと、相手より良い結果を残すこと…一つのコンペに一つの勝利条件、これがコンペの基本だね!』
「へぇ、それじゃあ、ゲーム系のマッチで相手を殺すのもダメってことか」
リュウが物騒なことを呟く。
「当たり前だ…って言いたいけど、必ずそうなわけじゃない。確か許可されてるルールもあったはずだ……基本は失格、というか許されないけど」
ツグが心配そうにリュウを見る。
『次に基本その二!量産型が二つ、固有型は一つ!コンペには、リンクボール……というよりその中のリンクキーを最大3つまで持ち込めるんだ!ただし、番付が絡むコンペは必ず一つ、固有型を持ち込まないといけないよ!その辺はまた次回だ!』
リンボくんが画面に向かってウインクをする。パチン!という音と星のエフェクトが入った。
『最後に基本その三!コンペでズルは禁止だ!
負けたからって腹いせに現実で復讐するとか、相手が試合に負けるように物理的に邪魔するとか、そういうのはナシ!怖ーいお姉さんに怒られちゃう……なら、まだマシかもしれないけど……』
そこまで言うと、突如アイキャッチが挟まり、エンディングに入る。
『全部セリフ取られたぁ〜』
『お、お姉さん、ゴメンってば。ほら、エンディングだよ!』
いじけるお姉さんと慰めるリンボくん。
『うう…それじゃあまた次回!次回は、コンペについて詳しく紹介するよ!』
最後に少しだけ気丈に振る舞うお姉さんの挨拶で動画は終わった。
「……なぁ、役に立ったか?」
リュウの問いかけに、ツグはしばらく沈黙したのち、
「…………ああ」
と、力無く返す。
「とりあえず、作戦立てるか。このコンペ、何が何でも落とせないからな」
ツグはため息をつきながら、持参したタブレットを開くのだった。
*******
「……でもよー、ミラーリングなんて取ってるやついんのか?」
リュウはツグの指示に疑問を返す。
「だから取っとけって言ったんだよ……まぁ、いないならいないで良いんだが、今後を考えるなら取ってるやつを見つけた方がいい」
ツグは言葉でチクチクとリュウを刺す。
「……あぁ、そう言うことか。最初に言っといてくれよ。そうすりゃ俺も忘れないのに」
リュウはツグの意図を察し、それを先に言えと不満を漏らす。
「先に言ったから。全部伝えてミラーリング取っとけって先に言ったから。その上で全部忘れてるんだよお前は」
ツグはリュウの背中をじっと睨む。
「というかまだか?もう追加で5は落としてるが」
ツグは後ろに出来た血溜まりをチラリと見る。
「まぁ待ってくれよ。リンクまで特定すんの難しいんだぞ?……お、見つけた」
「何!?」
リュウの言葉にツグが立ち上がる。
「どこだ!?」
「三階の……いや違う、こっちに飛んでくる!!」
直後、体育館の窓が割れ、女子生徒が飛び込んできた。
「う、うう……」
少女はかろうじて生きていた。しかし足は折れ、すでに戦えるとは言い難かった。
「さて、どんだけ硬化使おうが後数回で……おっと、客がいたか。分かってるだろうが邪魔すんなよ」
少女を追うように体育館に飛び込んできた男子生徒は、二人の姿を見るなり足を止める。
「……リュウ、どっちだ?」
「女子の方。つか戦ってんの、あれ確か俺らが中三の時、中学生部門の三桁あたりで見た気がするぞ?Fランに来るなんて哀れだねぇ」
「うるっせェ、テメェらからぶっ飛ばすぞ!」
男子生徒はリュウの言葉に顔を真っ赤にして睨む。
「んー……審議だな」
リュウがふらりと男子生徒の前へと歩き始める。
「何つーかこう、光るものは見えるねチミィ。でもねー、元三桁でFラン来るようなやつかぁ……ま、これも何かの縁、テストくらいはしてやるよ」
リュウはジロジロと男子生徒の身体を睨むと、そのまま飛び込んで、掴み掛かる。
「ッ、んだテメェ、その女に惚れたのか!?」
男子生徒はすぐさま跳躍し、体育館の二階窓際に乗る。
「良いねー良いねー、俺の掴みを受けに行かないその判断!悪くない!」
リュウはその姿に感心しながら続ける。
「……でも気にくわねぇ。テメェ固有キー使ってんだろ」
「!?」
リュウは不意に怒りを露わにし、拳を握り込む。
「勘違いすんなよ?別に固有キー使ってる事が悪い事とは言ってねぇ。量産キーを2個選べとしか言われてねーんだ、それもルールの範疇だろうよ」
男子生徒の殺気が強まる。
彼は、目の前のリュウを強敵と認識した。
固有キーの使用を当てられた事ではない。
リュウは、今の少しのやり取りで、男子生徒の持つ固有キーの中身に辿り着いている。
なぜそれが分かるか。
(コイツ、正確に俺の糸に電流を…!)
男子生徒は二階の窓に降りる直前、強い電流を受けた。かろうじて意識の喪失と落下は避けたが、痺れが今も左手に残っている。
「ただ。ただ、だ。今回は擬似コンペ。上にのしあがろうって奴が、自分だけ最強武器で無双!なんてダセェ事やんなよ。所詮お山の大将でしかねぇよ」
リュウは握り込んだ拳を解くと、男子生徒に背を向ける。
「テストは不合格だ。手は組まねぇけど、実力はあるみてぇだから見逃してやる。精々怯えて逃げてろ。生き残れたらその根性叩き直してやるよ」
リュウはヒラヒラと手を振りながら倒れている女子生徒を抱えると、ツグが待つ壇上へと帰っていく。
「ッ……!」
油断すら見えるその行動を睨みつけながらも、男子生徒は静かにその場を飛び去った。
「……さて、そんじゃあ暴れますか」
私は今、信じられない光景を目にしている。
「ハッハァー!!」
私を肩で担ぎながら、軽々と他の生徒を薙ぎ倒して行く男の人。
「フン」
速度は遅いけど、一人一人確実に消していく男の人。
「ナギサ、次!」
「は、はい!『硬化』と『炎操作』です!」
「しゃらくせぇ!」
私を抱えてる人は鬱陶しそうに目の前の敵を蹴り飛ばす。
「おいツグ、やっぱこの分け方偏りあんだろ!」
私を抱えてる人が、もう一人の人…ツグ先輩に突っかかる。
「仕方ないだろ。このルールにあのベーシックキーの選択肢じゃ、一人でやるなら硬化が最適解になるに決まってる。俺じゃ倒すのに時間かかるからな、リュウが相手した方が早いんだよ。その代わりめんどくさい遠距離相手は俺がしてるだろ?」
「ぐっ…そりゃそうだけどよ……」
突っかかった人……リュウ先輩は、ツグ先輩の返答に言葉を詰まらせる。
「それに、そろそろ残り30分だ。本番はこっからなんだから、リュウも肩慣らしできた方がいいだろ?」
ツグ先輩が笑いながらリュウ先輩の肩を叩く。
「何が肩慣らしだよ、自分だけバッチリ仕上げやがって」
リュウ先輩は不服そうな顔をしながらも、ツグ先輩の後をついて、目的地……屋上に向かって再び歩き始めるのだった。
*******
「おーい、お嬢さーん」
しばらく前。少女を襲撃した男子生徒が立ち去った後、リュウは少女の頬をペチペチはたき、少女を起こす。
「う、ううん……」
少女が目を覚ます。少女は二人を見ると、顔面蒼白になる。
「い、いやだ……」
ここまで意識がない少女は、目の前の二人を敵だと考え、後退りしようとする。
「!いたっ……」
しかし、その両足は折れていた。先ほど体育館に叩き込まれた際のケガだ。
「う、うそ……あれ?」
少女は絶望する。しかし、すぐさまおかしなことに気付いた。
「足は痛いだろうけど我慢してくれ。電脳世界だから現実じゃ問題ない。だから意味はないけど、一応添木を当てて包帯は巻いてある。とりあえずは何とかなるだろ?」
少女は、応急処置の施された足をじっと見る。
「何で……」
少女はその状況を理解できず呟く。
「必要だからだよ。お前が持ってるキー、『ミラーリング』と、それを最初に選べる奴がな。さて、お前の名前はなんて言うんだ?」
リュウが少女に問いかける。
「……ナギサです。
「うし、ナギサ!俺は
「
「え、は、はい……」
「そう、俺たちは先輩と後輩だ。だから俺の事は気兼ねなくツグ先輩と呼んでくれ。リピートアフターミー、ツグ先輩」
「ツ、ツグ先輩……」
「ツグ、怖がってるからやめてやれよ。つかなんだ、先輩風でも吹かせたいのかよ?」
急に訳のわからないことを言い始めるツグをリュウが止める。
「馬鹿お前分かってないのか!女の子だぞ!しかも後輩!ここで頼りになる男をアピールして、ゆくゆくは
「あー分かった分かった、お前昔からそうだよな。コンペ中にそんなことやってると、またコンに怒られるぞ」
ヒソヒソと話すリュウとツグ。
「とにかく!ナギサ」
「は、はい!」
「選べ。ここで俺たちと組まずに一人でじっと殺されるのを待つか、俺たちと組んで生き残るか。答えは一つしかねぇよな?」
リュウが笑顔でナギサに問う。
最も、その目は笑っていなかったが。
*******
そして現在。三人は屋上に向かっている。
「でも、どうして屋上なんですか?」
リュウに抱えられるナギサが疑問を口にする。
「ふむ、ナギサ、『ミラーリング』のキーの効果はなんだ?」
ツグがナギサに問いを返した。
「え……えっと、目で見た相手のリンクを半分の能力でコピーする、です」
「そうだ。『能力をコピーする能力』、これが俺たちには必要だった」
「……どういうことですか?」
ナギサはツグの話についていけず、疑問を重ねる。
「今回の参加人数に今回のルール、はっきり言って時間が全然足りてねぇ。六人、なんて言っちゃいるが、本当に六人だけが残る計算なんてあったのかね」
リュウが口を開いた。
「そういうことだ。六人以上で膠着するような所にリンクキーは渡せない、なんて言われたらたまったもんじゃないし、六人以上いるから全員に固有型のキー渡して、番付に挑みますってなって実力のないやつばかり集まっても邪魔でしかない」
「邪魔……」
「だから俺たちは作戦を立てた。『ミラーリング』を確保して、相手の能力を見る。その為の屋上だな。コピー出来るってことは相手の能力が分かるってことだからな。相手の選んだリンクを見れば、ある程度相手の実力は分かる。後は欲しいやつを残しつつ、いらないやつを消して仕舞えばそれで十分だ」
ツグは自信満々に己の作戦を語る。
「……私は邪魔じゃないんですか?」
ナギサが自分の足を見ながら、少し落ち込んだように呟く。
「あー……まあデスマッチに勝つつもりでやるなら邪魔だな」
「……」
リュウがはっきりと言い放ち、ナギサは沈黙する。
「おいおい落ち込むなよ。言ったろ?『何も知らない状態で、ミラーリングを選べる奴』が欲しかったって。個人でどうこうじゃなく、その先……チームとして戦うために動ける奴が今は必要なんだよ」
リュウがナギサの反応を見てフォローを入れる。
「さっきの糸ヤローも、アイツが強いのを知った上で、組もうとして拒まれた。そんな所だろ?そういう判断をする奴、頭がキレる奴が俺たちは必要だったのさ。お前はこの先で邪魔なんかじゃねぇよ」
「わっ」
「あ!ず、ずるいぞ!」
リュウが肩に抱えたナギサの頭をワシワシと撫でる。その姿をツグが恨めしそうに見ていた。
「ずるいってお前よぉ……お、着いたぜ屋上」
リュウがドアを開く。
そこには晴れ渡る夕焼け空と……
「わお」
10人の集団が屯していた。
「……何ッで言ったそばから10人で組むんだよ」
「意味わからねぇ」
リュウとツグが目の前の状況に呆れる。
「な、何だコイツら!?」
「女抱えてるぞ!?」
「羨ま…じゃない、なんて不埒な!」
口々に話す集団の生徒たち。
「おいツグ、お前の同類だぞ」
「一緒にするな。俺は羨ましいという思いを隠さない」
「だから俺が抱えてんだよ」
リュウがツグから一歩距離を取った。ついでに肩に抱えるナギサもツグと反対に抱え直す。
「さてさて、ムッツリな男子生徒諸君」
(……お前もだろ)
リュウの目配せなど意に介さず、ツグが両手を広げてゆっくりと前に出る。
「……残念だが君たち全員不合格だ。大人しくリタイアするなら殺しはしないが…どうする?」
余裕のある笑みを浮かべて目の前の集団に尋ねるツグ。
「ふざけてんのか?たった3人…いや、なんか怪我してる女抜きなら2人で、どう10人に勝つってんだよ!」
集団はツグとリュウに向かって飛びかかった。
「……アホかよ」
リュウは死体を屋上から蹴り落としながら呟く。
「どう勝てるかすら予想出来ねぇから不合格っつってんだよ」
どこか苛立ちを感じられる背中。
そこに突如、刃が突き立てられた。
「な、何で……」
そう呟いたのは、まだ生きていた集団の1人だった。
「何で刃が刺さらないって?テメェの力が弱いからだよ」
リュウは背中に突き立てられた刃にゆっくり手を伸ばし、刃を握り込み、捻る。
するとお菓子のように刃が割れた。
「なっ……2倍だぞ!?」
「ほー、筋力2倍か。俺は密度が3倍だから俺の方が上だな。じゃーな凡人」
「はっ?え、あっ」
リュウは刺して来た生徒を思いっきり蹴り飛ばす。反対側にあるフェンス、それすらも突き破って、生徒は地上へと落ちていった。
「さて、残り15分、参加者は何人だ?」
ツグが残りの生徒をきっちり地上に落としながら、リュウの方に目を向ける。
「あー……多分8人」
リュウは歯切れが悪そうに言った。
「多分?」
「ああ、7人は場所が分かったけど、おそらく後1人どっかに隠れてる。ただ場所が分かんねぇし、探すのも面倒くさそうだ。殴りに行きてぇけど、探してたら時間が足んねぇし、コイツは放置だな」
リュウは感覚強化で得ている情報を話す。
「す、すごい……私、感覚強化でそこまで情報取れたことない…」
ナギサはその様子をまじまじと見つめ、リュウの感覚強化に驚きを見せた。
「ま、まぁ、俺だからな!」
リュウは少し照れながらも、誇らしげに胸を張る。
「さてツグ、どうする?1人は芋ってる、3人は交戦中、結構長引きそうだな。残り1人は運動場で突っ立ってる」
リュウがツグに笑いかける。
その姿は、すでに回答など分かっているかのようだった。
「……仕方ない、賭けるか」
「うーーーん…………」
リュウが長めに唸る。
「……ど、どうしたんですか?」
ナギサが恐る恐るリュウに尋ねた。
「いや、俺が煽っといてなんだけどよ……失敗したなと思って。まさかこんなんがいるとは」
「ハッハッハ!人を見るなり失敗だのこんなんだのと、随分失礼な後輩だ!」
リュウの言葉に、運動場に立っていた男子生徒は高らかに笑う。
「して失敗とはどういう意味だい?」
「いや、ここで切る輩じゃないでしょアンタ」
リュウは緊張に包まれながら男子生徒を見る。
「
ツグが歯噛みする。
「それって…」
「単純に言えば、羽田空賀って男は、一時的にとはいえ、全世界の高校生の中で70番目に強かったってこったな」
ナギサは顔を青くする。
「フルネームはやめてくれ堅苦しい!気軽に"クウガ"と呼ぶといい!」
ツグはクウガと名乗る男のオーラに圧倒されていた。
「どーするツグ?ここは退くも一つだと思うけどよ」
リュウは諭すようにツグに提案する。
「多分強さで言やツグもどっこいだろうけどな。時間を考えればあっちの3人を潰しに行った方がいい。こっち狙いは明らかに失敗だ」
リュウはツグの実力を認めつつ、それでも時間が足りないと拳を握り込む。
「……いや、ここで倒す」
ツグが一歩前に出る。
「俺と一対一で勝負してもらいます!俺が負けたら俺とリュウはリタイアします!いいですね?」
「えっ」
「ハッハッハ!受けてたとう!僕も負けたら潔くリタイアするさ!」
「えっ」
リュウの同意のないままに、擬似コンペ最後の一騎打ちが始まった。
「フン!」
「ハアッ!」
運動場に、男2人の声がこだまする。
しかし……
「何というか、地味ですね。お互いに同じリンクみたいですし」
ナギサは座りながら、殴り合う2人を戦いの最中だというのにボーッと眺めていた。
「まぁそんなもんだろ。お互い『硬化』と『重力増加』なら、どう頑張っても
リュウが隣で呟く。
「……そういえば、先輩たちはどうやってリンクを決めたんですか?」
ナギサが湧いた疑問を口にする。
この戦いにおけるリンクの選び方はかなり重要な要素である。適当に選べば死に直結するものを、2人はどのように選んだのか、ナギサは気になっていた。
「……本来このコンペの最適解になるリンクは『硬化』となんかだ。なんせ直接防御力を上げられるからな。生き残ることが大事な今回みたいなコンペならそれが基本。その上でツグは……1番火力が高くなる組み合わせを選んだ。硬化で固めた拳に重力を上乗せして上から潰せば、普通は大抵死ぬからな。相手の攻撃も、今回選べたリンクならまず全部防げる。俺は雑魚狩りのための索敵用に『感覚強化』と、本当は『ミラーリング』取らないとだったけど、忘れて普段取ってるやつ取っちまった。そんな所だな」
リュウは苦笑いをする。
「間違えてって……ていうか、リュウ先輩は硬化取らないんですか?」
ナギサは呆れながらも、リュウの顔を不思議そうに見つめた。
「俺は硬化はいらないからな。ま、気が向いたらその辺は教えてやるよ」
「は、はあ……んっ?」
リュウの返答に歯切れの悪い返事を返すナギサ。
不意にリュウの発言に違和感を抱いたが、気のせいだと忘れることにした。
「……ところで、ツグ先輩って強いんですか?強いって言ってた生徒会長相手に対等に戦えてますけど…」
ナギサは一進一退の攻防を続ける2人を見ながら尋ねる。
「……強えーけど、対等じゃねぇな。一歩間違えばツグがやられる」
ナギサの問いに、冷や汗をかきながらリュウが笑った。
その笑顔に、今までの余裕は無かった。
(バケモンかこの三年!)
ツグが心の中で舌打ちする。
側から見れば一進一退の攻防だったが、その実態は一進一退とは程遠い。
クウガの攻めは今までとは格が違った。一度喰らえばツグであろうと、間違いなく死まで一直線である。その回避に徹し隙を見つける……などという消極的な戦いしかツグはさせてもらえていなかった。
もちろん攻めようとしている。しかし、その度に死神のカマが首をもたげた。
何故か。
ツグとクウガの積んできた経験、そこに大きな差はない。
だが、それ以上に、その練度に差があった。
「フッフッフ。素晴らしい判断力だ鍵屋少年!」
クウガは拳を振り抜きながら、ツグの股下へ足を回しツグを倒そうと試みる。
それを何とか避け、クウガから距離を取るツグ。
「織り込み済みかコンチクショウ……!」
ツグはクウガに名前を呼ばれた時に全てを察した。
「まあな!生徒会長が生徒の名前を知らないなど許されるはずもあるまいさ!参加者全員、過去の経歴から何から全て確認させてもらったよ!」
クウガが再びツグに接近する。
「しかし、お互い不思議なものだな!どうしてこんなところに来たんだい!」
接近に合わせて置いていたツグの拳を難なくいなし、ツグの顔面へ容赦なく拳を振り抜くクウガ。
「ッ……こっちのセリフですよ生徒会長…!」
ツグは笑って虚勢を張りながら問い返す。
「僕か?僕はこの高校にいる同級生に用があってね!」
生徒会長は余裕の表情を見せて突進を仕掛けてくる。
「へぇ、奇遇ですね!俺も同じですよ!最も、目的はその本人じゃないんですけど、ね!!」
ふわり。そんな擬音が似合うくらい静かに、クウガの身体が宙に飛び上がる。
「ムッ!?しまっ
「オッ…ラァ!!!」
クウガの顔に初めて焦りが浮かぶ。と同時に、その脇腹に蹴りが入った。
「グゥッ!」
蹴りに従ってクウガの身体がグランド脇に吹っ飛ぶ。
「ハァッハァッハァッ……クソッ」
間違いなく、今までであれば致命傷の一撃。
それを受けてなお、クウガは立ち上がる。
「そう悲観するな。君は強い!ただ、僕はもっと強い、それだけだ!」
蹴りの一瞬、脇腹に硬化を集中させ、吹っ飛んだ後の威力は生身で受け流す。
「あの一瞬であの判断……」
「つか生身でトラックに轢かれたような威力の蹴りをいなすとか、どんな身体の動かし方してんだあのバケモン」
その有り様は、側から見ていたリュウとナギサですら理解の及ばない代物だった。
「さて、ワンダウンからの二回戦と行こうか!」
クウガが笑いながら走り出したと同時。
『そこまで!擬似コンペを終了します』
終了のホイッスルが、無情にも鳴らされた。
「……どっちだ」
時刻は17時。制限時間か条件達成か、リュウが、否、その場にいた全員が固唾を飲む。
『……最終生存者6名、ただいまより終了シーケンスに入ります。各員その場にとどまるように』
「おっと、お互い運が良かったようだな!」
涼しい表情をしながら、クウガがツグにに手を伸ばす。
「?」
「ハッハッハ!試合後の握手だよ!良い戦いだった。これからもよろしく頼む、鍵屋少年!」
理解が追いついていなかったツグにお構いなしに、クウガは強引にツグの手を掴んだ。
周囲の景色が白く染まる。
『擬似コンペ、『デスマッチ』終了。突破者、羽田空賀、鍵屋継実、二来龍斗、塩峰渚、
シューー…………
体育館。
参加者を繋いでいたリンクポットが役目を終え、その扉を開く。
「くぁー……やっぱ、寝てるのに寝た気がしねぇ」
「頭は起きてるからな。目を閉じてるだけなのとあまり変わらないだろうな」
腕を伸ばしあくびをするリュウにツグが相槌を入れる。
「ふぅ……良かった治ってる」
その横で、ナギサが自分の足を見て安堵していた。
「おめでとうございます」
パチパチ、と拍手の音と共に、壇上に立つ黒スーツ……君島が称賛の言葉を贈る。
「これにて選抜は終了です。生き残ったみなさんは、正式にこの高校のコンペ選手となります。ハイこれ同意書ね」
君島は一人一人をじっくりと見ながら、一枚の紙を配った。
「その同意書にサインして、明日校長室まで持ってきてください。白紙のリンクボールをお渡ししますので。あ、もちろん固有型のリンクボールの説明もお二人にはさせていただきます」
配り終えると、君島はある2人を見る。
(……1人は私かな?)
その視線の片方はナギサを向いていた。
「……ぇ?」
もう片方は、隅っこでちょこんとしゃがむ女子に向けられている。
「塩峰さんと不透さんは今回が初の固有リンクになるようですから、特に丁寧に。残りの4人は……都合よく利用されている気もしますが、約束は約束なので新たな固有リンクを渡します。せっかくなら経費を浮かせたかったですがね」
君島は少し不服そうな顔をすると、パン、と手を叩く。
「今日のところはこれで解散です。それでは皆さん、また明日」
「はー、あぶねぇ……持ってる人はナシ!なんて言われたらどうしようかと。…」
高校からの帰り道、リュウが安堵したように息を吐く。
「大丈夫だよ。あの人は最初から俺たちに気づいた上で泳がせてたみたいだから」
ツグは君島の最初の言葉を思い出す。
『粒が揃うことを楽しみにしています』
あの言葉は明らかに、"経験者"に向けて放たれたものだった。
「……今度はどうだろうな」
「ナギサともう1人は戦闘向きじゃなさそうだし、なんとかなんだろ」
リュウは今日のメンツを見ながら楽観的に考える。
「嫌だぞ、また中学の時みたいな事になるの」
ツグは過去の経験を思い出し、苦い顔をするのだった。
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