第45話 おっさん、またしても大金星を挙げる

 その日の誠一は、昼過ぎまでVIPルームでダラダラと過ごしていた。

 ふかふかのベッドに寝転がり、これまでの冒険をぼんやりと思い返す。


 天井に描かれた緻密な壁画、豪華な調度品、そして、美女や美少女に運ばれてくる美味しい料理。この部屋が、戦場で死と隣り合わせだった自分へのご褒美のように感じられた。やたらと強い爺さんとの戦闘、伝説の聖剣、そして巨大な魔獣の討伐。


 どれもこれも、彼が元いた世界では考えられないような出来事ばかりだ。


「おっと、もう時間だな」


 誠一は重い腰を上げ、軽く身だしなみを整える。


 鏡に映るのは、数ヶ月前と比べると、ちょっとだけ、たくましくなった自分の姿だ。彼は、地下牢(VIPルーム)を出て、石造りの城の門をくぐり抜ける。


 風が、城下町の活気ある喧騒を運んできた。その音に導かれるように、彼は冒険者ギルドへと足を進めた。


 これから、昨日の冒険の成功を祝して、祝勝会が行われるのだ。


 ギルドの扉を開けると、熱気と活気が肌を打つ。

 肉料理の香ばしい匂い、大勢の話し声、そして酒を注ぐグラスの軽快な音。


 冒険者たちの喧騒が、誠一を温かく迎え入れた。

 彼は、冒険者仲間の三人が待つテーブルへと向かう。リムムメイル、ルーナル、シルフィーネはすでに揃っており、彼が来るのを今か今かと待ちわびていたようだ。


「みなさん、お待たせしました」


 誠一が声をかけると、リムムメイルが上機嫌で彼を出迎えた。彼女の髪が、ギルドのランタンの光を反射してキラキラと輝き、明るい若草色に見える。


「おじさん、おっそーい! もう、お腹ペコペコだよ~!」


 リムムメイルの言葉は辛辣だが、その澄んだ緑の瞳には再会を喜ぶ気持ちが溢れている。


「……これはもう、死刑だね。おじさんのくせに、遅刻するなんて」


 ルーナルが、いつものようにぼそっと呟く。

 その物憂げな薄紫の瞳は、しかし、どこか楽しげだ。


「わたくしを待たせるなんて、荷物持ち失格ですわよ! わたくしの高貴な時間を無駄にするなんて、死罪ものですわ!」


 シルフィーネも上機嫌で、いつも通りの高慢な口調で誠一を叱咤した。

 その紺色の瞳には、いつもの威厳とともに、満面の笑みが浮かんでいる。


 三人の言葉はどれも辛辣だったが、その声には怒りではなく、誠一に対する親愛がこもっているのが見て取れた。


 彼らは早速、冒険者ギルドの受付へと向かう。


 昨日の冒険は、誠一たちの想像をはるかに超えるものだった。

 本来引き受けた『忘れ去られた古道の調査と魔物駆除』という依頼は全くの手つかず。しかし、森の奥で変な老人に襲われ、その老人から変な草を貰い、巨大な魔獣を倒して、負傷した冒険者を大勢救助したのだ。


 大型魔獣の討伐だけでも、かなりの評価をされるはずだ。

 人命救助と合わせれば、破格の報酬を貰えるかもしれない。そんな期待を込めて、彼らは受付に冒険者カードと、昨日の冒険で老人からもらった草を渡した。


(何かしら、価値のある草なのかもしれない) 


 冒険者ギルドの受付は、いつも通りミリリィだ。

 彼女の髪は明るい茶色で、毛先はゆるく巻かれている。制服のシャツは胸元が少し開いていて、スカートも短め。誠一は目のやり場に困りながらも、カードと草を彼女に差し出した。


 ミリリィは、カードを魔道具に通しながら、草をまじまじと見つめた。

 その小さな葉のきめ細かさ、そして夜の月光のような淡い銀色の縁取り。彼女の目が大きく見開かれた。


「おじさん、これ……! この薬草、伝説の『月影草』じゃない。どうやって手に入れたのよ!?」


 ミリリィの驚き様に、誠一も驚いた。

 彼女の声は、ギルドの喧騒を突き抜けて響き渡るほどだった。


「えっと、森の奥で、変な老人がくれて……」


「えっ、じゃあ、迷いの森に入ったの!? あそこ、Dランクじゃ踏破するの無理だよ? よく生きて出てこれたわね! っていうか、月影草、こんなにあっさり手に入るものなの!?」


 ミリリィは、信じられないといった様子で誠一をじっと見つめる。

 その驚きは本物だった。



 ***


「この薬草を持ってきたってことで、【迷いの森で伝説の薬草採取】達成だね! これ、Aランク相当の依頼だよ? マジありえないんだけど!」


 ミリリィは、興奮気味に端末を操作しながら言った。

 誠一は、彼女の言葉と驚きの意味を、完全には理解できていない。


「えっ、そうなんですか? なんかよく分からないんですけど、ラッキーってことですかね」


 誠一は、よく分からないままに喜んだ。

 そして、彼の冒険者カードには、新たな功績が記録されていく。


 ギルドの職員たちは、その報告に驚愕し、ミリリィも目を丸くして聞いていた。

 結果として、魔獣討伐と人命救助の報酬として、合計小金貨164枚が支給されることになった。


 誠一たちは、その破格の報酬額に言葉を失った。

 ずっしりと重い小金貨の山が、テーブルの上に積まれる。誠一は、自分の目を疑った。こんな大金を、この世界で手にすることになるとは。


「え、ちょっと待って! こんなに、もらっていいんですか!?」


 誠一は、慌ててミリリィに尋ねた。


「いいに決まってるでしょ! Dランク冒険者じゃ、この額を稼ぐのに何年もかかるんだからね! Aランク任務達成に、魔獣討伐と人命救助、その功績を合わせた報酬なんだから、文句言わないの!」


 ミリリィは、少し呆れたように答える。

 その柔らかな笑顔には、誠一たちへの祝福の気持ちがにじんでいた。


 誠一たちは、一人小金貨41枚ずつを山分けした。


「やったー! これで、またいっぱい買い物できるし、美味しいものも食べられるね!」


 リムムメイルが、喜びを爆発させた。

 その声は、ギルド中に響き渡る。


「……よかった……妹に、いっぱい、お土産買える……」


 ルーナルは、小金貨を大切そうに握りしめ、安堵のため息をついた。

 その表情には、ほんの少しだけ微笑みが浮かんでいる。


「当然ですわ! このわたくしが、この程度のお金で満足するわけがありませんわ! しかし、今日の祝勝会は、盛大にやらなくてはなりませんわね!」


 シルフィーネは、胸を張って言った。


「一人、小金貨4枚ずつ出して、パ~っと騒ごうよ!」


 リムムメイルが提案すると、全員がそれに同意した。


「……賛成」


「仕方ありませんわね。付き合って差し上げますわ」


「んじゃあ、私も、今日は早く上がって、宴会に参加するね! 皆で稼いだお金で美味しいお酒飲もうよ!」


 ミリリィも、その日のうちに受付を終え、宴会に参加する気満々だった。


 全員が、今日の祝勝会を楽しみにしている。


 その時、誠一たちのすぐそばに、静かに一人の女性が立っていた。

 彼女は、この世のものとは思えないほどの美貌を持ち、月光のような銀色の髪を美しく編み込んでいる。


「では、私も参加しますね」


 その言葉に、誠一たちは顔を見合わせ、声を揃えた。


「「「「誰?」」」」


 そこに立っていたのは、髪色を銀に変えて変装した、水と光の女神、アクア・ディアーナだった。


 彼女は、いつもの天真爛漫な笑顔を浮かべ、祝福するように、柔らかな光をその場に灯しながら微笑んでいた。

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