第三十九話 調査開始
それは、またもや夜の明けぬ時分であった。
遊郭の裏手にて、掃き掃除をしていた若い禿が、何かに躓き、転んだ。
その「何か」が、動かぬ肉の塊であったことに気づいたのは、しばらくしてからのこと。
異臭が立ちのぼり、悲鳴が遊郭街の静けさを破った。
二人目の犠牲者が出た。
今度は、「椿屋」という茶屋に仕える遊男であった。
死体は首から上が無く、肩から上にかけて骨ごと引きちぎられたような惨状で、もはや人の業とは思えぬ。
だが、恐ろしいことに血の匂いがほとんどしなかった。
知らせを聞いた綺羅はすぐさま現場へ向かい、現場の禿や花魁たちから話を聞いて回った。
拙者はそれを陰ながら盗み聞くことにした。
「顔を奪い、首を喰らう……あまりにも残虐、されど整然としておる……」
綺羅の眼差しは、ただ鋭いだけでなく、悲哀を含んでいた。
拙者はその横顔を見つめながら、己の任務である鬼対峙をするために思考する。
御影守として、この異変の真相を探らねばならぬ。
たとえ、禿としての身であっても、動かぬわけにはいかぬ。
拙者もまた、独自に調査を始めた。
どうして鬼は、男の顔ばかりを狙うのか?
今回は首を失い。
体まで傷をつけた。
その残忍な姿は、怒りをぶつけるようであった。
拙者は、夜は遊男たちが客を取る間、給仕に勤しみ。朝方に起こる事件に合わせて、屋根裏へと忍び入り、遊郭の動線や死者の繋がりを探った。
二人とも若い遊男であり、共に最近、龍騎殿と同格の遊男になったという。
さて、これは関係しているのか? だが、決して龍騎殿が怪しいとは思わぬ。彼は、あまりに人情に厚い。
しかし、白嶺が言う。
「お前の言う通り、あの男……龍騎からは、確かに鬼の気配がする。けどな、あれは鬼の匂いや」
「……どういうことでござる?」
「鬼は欲望の化身や、欲と怨みと絶望で、人が鬼に堕ちていくんや」
拙者は眉をひそめた。
ならば、龍騎殿の内に、そんな闇が蠢いているというのか?
人の心の闇に触れるには、慎重にしなければならぬ。
朝、ふとした時。拙者は一つの影に気づいた。
それは、灯りの落ちた廊下の向こう。
人の形をしていたが、明らかに何かがおかしい。脚が多すぎる。音もなく滑るように進むその影を、拙者は追いかけた。
裏の物置き場にて見失ったが、そこには、ぬらりと光る赤黒い毛が一房、落ちていた。
獣のような感触。
拙者の中で、嫌な予感が膨れ上がる。
「……白嶺、これは……」
「うーん……それとも……女かもしれへんな」
「えっ? 女性が鬼に?」
ますますもって、人の皮を剥ぐ鬼との関係が深まっていく。
一方、綺羅も独自に調査を進めていた。
夕餉の席、偶然給仕で同席した折、彼女は拙者にぽつりと漏らした。
「この事件、何かが合わぬ」
「何がでござるか?」
「普通、鬼が餌を求めるなら、一晩に何人も喰らう。だが、これは選んでいる。まるで、遊男の中でも条件があるように思える」
殺す遊男の共通点はなんだ? 拙者は彼らを知らぬ。
調査を行うなら被害者を見ることだろうか? さて、被害者になった条件はなんだ?
「顔の良さ、若さ、あるいは……心に傷を抱えた者」
拙者は昼に、こっそりと龍騎殿の部屋を訪ねてみた。
帳場には誰もおらず、龍騎殿は香を焚きながら鏡に向かっていた。
「仁か。……どうしたんや?」
「いえ……ちと、心に引っかかることがあって」
「顔を盗まれた遊男たちのこと、か?」
まさか、龍騎殿から話題を振ってくるとは思わなかった。
「……やはり、気づいておられたのですか」
「気づくさ。だって、彼ら……みんな、ウチに心の悩みを打ち明けに来てた子たちだったもの」
龍騎殿は、鏡の奥をじっと見つめたまま、囁いた。
「……もしも、魔が入り込むのなら、ウチはもうすぐ取り込まれる側かもしれないわね」
「そんなこと、言わぬでくだされ……」
拙者は咄嗟に言っていた。
彼が鬼などになどなるはずがない。
今、この遊郭には、何か得体の知れぬ気配が満ちている。
それは香のように甘く、けれど鼻の奥に引っかかる毒の匂い。
美しく飾られた紅灯の裏に、確かな魔が潜んでいる。
拙者はそっと刀に手を添え、心の中で呟いた。
(鬼よ……次こそ、尻尾を掴んでみせる。必ず)
綺羅の刀が振るわれるよりも早く。
この命にかえてでも、遊郭を喰らう鬼を討つと誓いながら。
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