第2話 あれ?これ地雷踏んだか?

 ──なんだかんだ、白音と一緒に散歩をするようになって、もう一年近く経つ。


 最初は偶然の連続だと思っていた。

 でも、それが十回も二十回も続いて、気づけば季節が一巡していた。


(……時が経つの、早ぇな)


 そんなことをぼんやりと思いながら、俺はいつものように屋上で昼メシを食っていた。


 空は晴れてて、風も心地いい。

 ここは俺にとって、散歩に次ぐ“癒しの場”みたいなもんだ。


 ──と、そこへ。


【ピロンッ】


 スマホから聞こえる、やたら嫌な予感がする通知音。

(……うわ、来たな)とゲンナリしつつ、弁当の箸を一旦置いて、深呼吸。

 恐る恐る画面を開いてみる。


《和哉くん、今日もお弁当食べられないかも。クラスの子たちが言うこと聞かなくってさ》


 ……案の定。白音からのメッセージだ。


 内容自体は普通。でも毎回毎回、昼時にこのテンションで来られると、もう様式美ってレベル。

 とはいえ返さなきゃ収まらない相手なのも知ってるので、俺はスマホを操作する。


《残念。またどっかのタイミングだな》


【ピロン】


 ……返信、早っ。


 スマホを閉じようとしたところで、さらにもう一通。


《うん……でも、他の女の子と食べちゃダメだよ? 絶対ね?》


 いや、まずそんな相手が居ねぇ。

 誰にモテてると思ってんだよ。頭をポリポリ掻きながら、どう返すか悩んでいたら──


【ピロンッ】


《もし他の子と食べてたら……ね?》


 ……いやいやいや、怖っ。


 なんか語尾の「ね?」が逆に恐怖。

 軽く鳥肌が立つが、まぁこれは白音特有のテンプレート"ヤンデレ構文"だと割り切るしかない。


 無視する選択肢もよぎるけど──

 なんだかんだで俺は、ちゃんと返事を打ってしまう。


《別に、そんなヤツいねぇから》


 放っておくと、どんな手段を取るか分からないからな……マジで。


 その直後、どこからともなく風が吹いた。

 俺の髪をふわりと撫でて、弁当を包んでいた布がふわりと舞う。


(……やっぱ、屋上は好きだ)


 風が通るこの場所は、散歩と同じで俺の気持ちを軽くしてくれる。

 だから、ここに来るとなんとなく“整う”んだよな。


 ──たぶん、今日も白音は来るだろう。


 それが当たり前になってしまった今でも、ほんの少しの期待と、ほんの少しの不安が胸に残っている。


 遠くの空を見ながら、そんな気持ちを、吹き抜ける風に乗せて──

 俺はそっと目を細めた。


 ◇ ◇ ◇


「──やっぱ散歩って、最高ォッ!!」


 声を張り上げ、今日も元気に河川敷を闊歩する。

 通行人の視線がチラチラ刺さってくるけど、気にしない気にしない。

 散歩の素晴らしさの前では、世間の目など誤差に過ぎないッ!


 ザッ、ザッと軽快な足音。

 せせらぎの音に、風のざわめき。

 ふははは……やはりこの世界には散歩さえあればいいッ!


 ──そんな俺のテンションに水を差すように、背後から響く声。


「あっ! 和哉くーん!」


(……来たな)


 聞き慣れた声に振り返ると、長い黒髪を揺らしながら、丈の短いパーカー姿の白音が駆けてくる。


 一見、可憐で無垢な少女の微笑ましいシーン──

 ……でも俺からすれば、死神の降臨にしか見えない。


「……白音かよ」


「なにそれー! 私じゃダメってことー?」


 むぅ〜っと頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向く白音。

 可愛い。

 正直めっちゃ可愛いけど、それを素直に言えないあたりが俺の限界。


(……機嫌直させるには、どうすりゃいい)


 考えた末に、脳内でひとつの“禁断の作戦”が閃いた。


(──動物と同じで、撫でたら落ち着くんじゃね?)


 いや何言ってんだ俺。

 ……とは思うけど、もうこの際、理屈じゃねぇ。

 大事なのは、この場の空気を和らげること──ただ、それだけだ。


【ピタッ】


「……んへ?」


 白音がきょとんと目を丸くする中、

 俺は無言で彼女の頭に手を置いた。


【わしゃわしゃ……】


「ひゃっ!? な、なに急に〜!? どうしたの!?」


 動揺しまくる白音の言葉をスルーして、俺はゆっくりと頭を撫で続ける。

 髪が指の間をふわふわとすり抜けて、手のひらに伝わる温もりがじんわりと心地いい。


「あぅ……」


 やがて白音は目を伏せ、されるがまま頭を差し出してくる。

 その姿があまりに無防備で、ちょっとズルいと思ってしまった。


 ……なんだよ、可愛すぎんだろ。


「も、もう大丈夫だからっ!」


 照れたようにバッと距離を取る白音に、俺は軽く笑って返す。


「これで懲りたろ?」

「〜〜っ!」


 顔を真っ赤にして、目をくるくると泳がせながら……

 彼女は、小さな声でボソッと呟いた。


「……そういうのは、2人きりのときにしてよ……」


 一瞬だけ耳を疑ったけど──たぶん、間違いなく、そう言った。


「……2人きりって、そんなシチュエーションあんま無いだろ」


「あるよ!? お泊まり会とか、夏祭りとか……デートとかっ!」


「最後おかしいだろ!?」


 こっちは照れ隠しで叫ぶしかなかった。

 顔が熱い。たぶん白音より赤い。

 ──まあ、恋愛に関しては初心なのは仕方ない。

 ……俺も、白音も。


 だけど、こうも毎回のように白音に振り回されてばかりだと、さすがに男としてのプライドが保てない。


(……たまには、こっちから仕掛けてみるか)


 そんな気分になった俺は、ふっと笑って、軽く肩をすくめる。


「……そんなこと言ってるけどさ。もし俺に彼女できたら、どうすんの?」


 何気ない風を装って放ったその一言。


 ──だけど。


「……は???」


 白音の表情が、凍りついた。

 空気の色が変わり、瞬間的に悟った。


 ……地雷踏んだわ、俺。

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