相棒が小説を書いてきたらヒロインがどう見てもわたしで未完部分の告白シーンをリアルに始めた

風波野ナオ

あ、あくまでシミュレーションよ。あくまで

「ねえ、君の書いた小説のヒロイン、わたしみたいなんだけど」



    1


 わたしは、ごく普通の高校にある、ごく普通の文芸部で編集をやっている。

 眼の前にいるのは、担当作家の神代一希(かみしろいつき)君。

 ──中学時代からの腐れ縁であり、『相棒』でもある。


 ……ただ、神代君は高校の文芸部に入ってから、まったく小説が書けなくなってしまっていた。


「八巻さん、書けないとは心外だな。こうやってちゃんと書いてきたよ」


 八巻世知恵(やまきよちえ)、それがわたしの名前。


 左に分けた肩まであるストレートの髪。

 元運動部の引き締まった身体。

 学年で10本の指に入る程度に目鼻が整っている。

 ……と、誰が作ったかわからない校内美人ランキングで評されている。


 まぁそんなこと、今はどうでもいい。


 神代君が書いたと言って出した原稿用紙を光速でひったくり読み始めた所、どう見てもヒロインがわたしなのだ。


「ねえ、君の書いた小説のヒロイン、わたしみたいなんだけど」

「いや、そんなことは……」


 彼は小説の概略で言い訳を始めた。


「僕の書いたヒロインは、大怪我でバスケができなくなったんだ」

「わたしは中学の時、大怪我で大好きなソフトが出来なくなったよ」


「たまたま前の席にいる主人公が、ヒロインに活躍させる漫画を書くんだ」

「神代君、わたしが全国大会制覇する短編小説を書いてよこしてきたよね」


「いじめっ子に虐げられていたのを、一緒に跳ね返すんだ」

「一緒にいじめっ子を下着ドロに仕立てて、チクってザマァしたよね」


「二人は漫画家と編集者という相棒になって、ずっと高め合っていくんだ」

「わたしと君って相棒で、今この文芸部部室で小説家と編集者やってるよね」


「……ナンテコッタ」

 神代君はアスキーアートのOTLみたいな、がっくりうなだれるポーズになった。



「作品が何かと似ているって、よくあることだから。落ち込まなくてもいいんじゃない?」


「そうは言うけど、先達がいるって気づくのはかなりダメージが入る──」


 あのねぇ、君……

 わたしはポケットからミニハリセンを出して、彼の頭をちょこんした。


「先達って、現実の自分自身じゃん!」


 全く、面倒くさい人だ。

 


 面白ければわたし自身を作品に出してくれても構わない。

 特に成功しなかった過去なんてどうでもいいし。


 だけどね、この小説肝心な所がないのよ。


「クライマックスが書かれていないけど、どうなるのこれ?」

「夕日が差す部室で、告白する」


「どうして書かないの」

「どういうものかわからないんだ」


「もしかして告白、したことないの~?」

 わたしはニヤニヤし始めて、神代君はわかりやすくドギマギし始める。


「あっああああ、あるよ」

「へーぇ、それはいつかな? 何月何日地球が何回回った時?」


 彼はいわゆる『弱男』(よわお)だったことをわたしは知っている。

 中学の時いろいろあって、今やそうではないんだけど。


「わかったよ……ない。ないから書けない。今日の八巻さんはイジワルだ」

「相棒なんだし、そこはお見通しだよ。わたしに見栄はらなくてもいいんだからね」



    2


 面白いし、もうちょっとイジってみるか。

 幸い、部室は二人きりだし。 


 文芸部員の2年3年は全員顧問に呼び出されたようだけど、どうしてだろう……

 ま、いいか。


「わたしがヒロインの代わりになってあげるから、小説だと思って告白してみてよ」


「え、何? そんな、どういう……」


 挙動不審になる神代君。

 キモいけど面白いわー。


「あ、あ、あくまで作品を書くための、シミュレーションよ。あくまで」

「ま、まぁ、それなら。やってみる」


「じゃあ小説と同じような位置について」

「あ、ああ」


 部室の窓際に二人して立つ。

 手を伸ばせば、すぐに届く距離。


「……」


 神代君は口をぱくぱくするだけで何も言わなかった。


「何やってるの?」

「セリフが心の中に浮かんでいるんだけど、恥ずかしくて言葉に出せない」


 また、ぱくぱくし始める。

 コイが空中に浮かんでいるみたいで面白い。


 もう少しつついてみるか。


「怖気づいちゃった?」

「お、怖気づいてなんて、ないぞ」


 神代君は、いきなりわたしの手を取った。

 しかも、指を絡ませる両手つなぎ。


 わたしの心臓がバクバク言い始める。


 や、やるじゃねえか。

 これは負けていられない。


「じ、じゃあ、その調子で告ってみて。3・2・1ハイ」



    3


「や、八巻さん」


 これは演技、かりそめの告白。

 わかってはいるが。


「は、はいぃ」


 わかってはいるが、こっっこここ心が──

 心が、ジェットコースターに乗ってる。


「僕に毎日お味噌汁作って」


 ……え?


「それ告白じゃないから」

「僕が幸せになる自身だけはある」

「だからそれも違うってば!」


 おいおい、これだとヘタクソなプロポーズだよ。

 ──もし本番だったら、即リライトを要求してる。



 ああもう、じれったいなぁ。


「仕方ないからお手本見せてあげる。いい?」


 わたしはスゥーと息を吸い込み、一気にまくし立てた。


「初めて見た時から、あなたのことが好き。小説を書く時の純粋な瞳が好き。強くないのに、わたしを守ろうとして無理していじめっ子につっかかった勇気が好き。わたしがピンチになったらすぐに現れて助けてくれる。そんな君が、大好き!」


 どうだ!

 参考になったか!


「なぁ、八巻さん」

「はい?」


「それだと、八巻さんから僕への告白にならないか?」

「……」


 しくじった。

 でも、もしそうならどうする?


 ──とは言わなかった。


 だって、だんだん彼とわたしは接近して……



    4


「ただいまー」


 いきなり部室の扉が開いた。

 柿本透子文芸部部長や、2年3年の先輩部員が帰ってきた。


「って、あらら。お邪魔だったかしらぁ?」


 怒ると目を細める柿本部長の目が、更に細くなった。

 微笑が心に刺さって、痛い。


「お、お邪魔じゃありません!」

「誤解です。僕らそういうのじゃないです」


 わたしと神代君は、あわてて離れた。


 いつもならここで、先輩方が呆れ顔でツッコミを入れてくるはずなのに、今日に限って誰も何もしなかった。

 そして、私物を黙々とそれぞれの通学カバンに詰め込んでいる。


「どうしたんですか?」


 部長に聞いてみた。


「それがねぇ、部の分裂騒動で、2年と3年の部員全員が追放になっちゃって」


 追放って……そんな、追放モノじゃないんだから。


 神代君がおずおずと聞く。


「部長が分裂を食い止めようとしたのを僕は知っています。だ、大丈夫ですよね?」


 だけど、笑いながら柿本部長が答える。

「はーい、私は責任を取って本日限りで引退となりましたぁ」


 いや、そんな軽いノリで笑ってる場合じゃないですよ?


「いわゆる『ざまぁ』展開も出来そうにないから、後は若い二人に任せちゃいまーす」


 いきなりの展開で、肩を並べて言葉を失うわたし達。


「それじゃあ、最後の仕事をするわね」


 部長は突然わたし達を片腕ずつぐいっと引き寄せ、ふわっと抱きしめた。


「神代君を部長に、八巻さんを編集長に任命します。これからの文芸部をしっかり頼むわ」


「「はい」」

 突然の事でそうとしか言えなかった。



 その後、部長と先輩方は部室から静かに去っていった。


「力足らずでごめんね」


 そう言い残して。

 胸の奥にぽっかりと穴のあいたような気分だった。



    5


 帰り道、わたしと神代君は、力なく歩いていた。


 先輩方がいなくなって、文芸部は2人だけになってしまった。

 いや、今は幽霊部員となっている子も合わせれば3人かな。


 前途多難、って言葉が自然と頭に浮かぶ。


「まぁ、なんとかなる。僕がなんとかするさ」


 その声は、思ったより頼もしかったけど……

 最後はわたしが何とかしないといけないんだろうなぁ。

 なんて、心の中で小さくため息をついた。



「ところで、今日のアレ、どうなんだ?」


 いきなりの質問にドキッとして、わたしの顔が熱くなる。


「あ、アレはあくまでシミュレーションだから! 仮の話だから!」

「いや、そっちじゃなくて。今日僕が書いてきた小説だけど……続き、読みたい?」


 あ、そっちですか……



 中学2年の時、神代君が書いた小説は、私の心の中にある鐘を鳴らした。

 欠けていたパズルのピースが、ぴたりとはまったみたいな感覚。


 落ち込んでいたわたしは、その小説でちょっとだけ救われたんだと思う。


 彼にはいい作品を生み出してもらいたい。

 そして、わたしが体験した感覚を他の人にもしてもらいたい。


 それが今のささやかな希望。

 だからこう答えた。


「君が書いたなら、何でも読むよ」



 ……けど、心の片隅で思ってしまう。

 私は物語の続きだけじゃなくて、恋の続きも読みたいのかもしれない。


 ねぇ、こんな物語、どう思う?

 ──こんな恋、あなたは続きを読みたい?

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