第22話 黒魔術師は何故死んだのか


 フリードと合流するべくワイバーン便に乗り込み、向かったのは黒魔術信仰組織『黒き魔の手』の拠点がある街だ。


 到着した頃には既に空が暗くなっており、街に住む住民の多くは食堂や飲み屋へと流れていく時間帯。


 その流れに乗りつつ、フリードの姿を探していると――


「ヴォルフ!」


 南へと続く道の途中、ブリトーに齧りつくフリードを見つけた。


「よう、お疲れさん。腹減ってるか?」


 フリードは片手に持っていた手つかずのブリトーを投げ渡してきた。


「めちゃくちゃ減ってる。ありがとうな」


 受け取ったブリトーの包み紙を剥き、豪快に頬張った。


「んで? 本部にいたエージェントから話は聞いたけど、マジなの?」


「ああ。マジだ。コナーが証言した」


 今回、この街に戻って来た理由は『黒き魔の手』について新たな事実が発覚したからだ。


「冤罪は無しだぜ」


「分かってる。もう一人に話を聞いてから動こうと思ってな」


 フリードは「こっちだ」とメインストリートを歩きだす。


 彼が案内したのは南区にある小さな酒場だ。


 店構えは実に庶民派。


 安い酒とそこそこ美味い飯、若いウェイトレスを武器としたよくある酒場といった感じ。


「ここに彼女が? 昼間は診療所もどきの受付、夜はウェイトレスってか?」


 どうして夜も働いてるんだ? と問うと、フリードは口の中にあったブリトーを飲み込んだ。


「……患者に使う備品の購入費に充ててるんだとさ」


「泣ける話だぜ。下の連中は真面目でも上が腐るってのは、組織の運命ってやつなのかね?」


 俺とフリードは揃って肩を竦め、酒場へと入って行った。



 ◇ ◇



 深夜、俺とフリードが向かったのは黒き魔の手の拠点。


 俺達の間に会話は無く、静かに正面扉へと手を伸ばす。


 扉に鍵は掛かっておらず、診療所として使われるホールには誰もいない。


 夜は全員帰宅するのだろうか? あるいは、宿舎のような場所が別にあるのか。


 どちらにしても好都合だ。


 俺達は以前来た際に案内された道を辿り――組織の代表者であるフォリーの部屋へ向かう。


 ドアの隙間からは灯りが漏れていた。


 野郎は中にいるらしい。


 部屋のドアを開けると、部屋の主はソファーに座りながら静かに酒を飲んでいた。


「……こんな夜中にどうしました?」


 俺達の姿を目視しても、彼は動揺を見せない。


 堂々とした態度は以前会った時と変わりなかった。


「話が合ってね」


 俺はソファーに腰を下ろすが、フリードは俺の背後に立つ。


 それぞれの位置取りが済んだところで、俺は目の前の男を睨みつけながら口を開いた。


「お前、フォリーじゃないな?」


「…………」


 フリードがコナーから得た事実を突きつけても、彼は瞼と眉を一瞬だけピクリと動かすだけ。


 ただ、その微かなリアクションが正解であると示している。


「何を仰っているんです? 私は――」


 そう言いだしたところで、俺は「チッチッチッ」と舌を鳴らす。


「コナーが全部白状したぜ?」


「……彼、殺されなかったんだ」


 種明かしをした瞬間、フォリーの雰囲気が変わる。


 いや、こちらが素なのだろう。


「お前はフォリーじゃない。双子の弟であるフリュー。だろう?」


 本当の名前を言ってやると、彼はニヤリと邪悪な笑みを見せた。


「ふふ。正解だよ」


 フリューは前髪を掻き上げる。


 まだまだ余裕の表情。だからどうしたって感じだ。


「最初に会った時は気付いていなかったでしょう? どこで気付いたんです?」


 フリューは挑発するように問うてくる。


 それに対して口を開いたのはフリードだ。


「ああ、最初に違和感を感じたのはコナーを取調べしている時だ。やつは会話の中で『彼を殺しても』と言っていた」


 コナーはエリクサー生成に関する過程を話している際、殺人に関与していることを自白した。


 その際、彼は『彼ら』と複数形で語っていたこと。


 ここにフリードは引っ掛かった。


「もう一つは俺達をこの部屋まで案内してくれた女性だ。彼女の態度が妙に気になった」


 フリードは「むしろ、こっちの方が最初に感じた違和感だった」と明かす。


 こちらは俺も感じていたことだが、部外者が立ち入ることへの不快感や嫌悪感かと思っていた。


 しかし、フリードは「彼女が向ける嫌悪感はフリューに向かっていた」と本人から事情を聞く際に明かし、感じた違和感を問うた。


「彼女が嫌悪感を出したのはお前の名前を出した時だ。彼女はお前を『あの人』と呼んでいた。父親同様に優秀で同じ理念を抱く人間に対しての呼び方じゃない」


 続けて、部屋に案内されてドアを開けた時。


「部屋に入った瞬間により表情が険しくなった。内に秘める感情が瞬間的に膨れ上がった、と言える変化だ」


 コナーから情報を得て、フリードは女性の態度に合点がいった。


 ただ、この段階ではまだコナーが嘘を語っている可能性もある。


 冤罪は避けたいからな。


 そのため、俺達は彼女に会いに行って事情を聞いた。


「彼女はお前の兄貴に惚れていたらしい」


 俺はフリューを指差しながら明かす。


 この件について、彼女は非常に協力的だった。


 惚れた男のためにってね。 


「まんまと騙されたぜ。事前情報として優秀な兄貴の件を聞いていたこともあって、先入観に囚われていたっても原因だが」


 ここを訪れる前、エヴァンとフリードから実際に情報を聞いていたし。


 事実、息子――フォリーに関する情報は確かだったのだ。


「親父は優秀な兄貴の方に組織を継がせたかった。そりゃそうさ! お前は碌に組織へ貢献するわけでもなく、街の悪ガキ共とツルんでいただけだからな」


 所謂、素行不良のガキだ。


 地元のアウトロー気取りと一緒になって軽犯罪を繰り返す犯すようなクソガキ。


 それがフリューという男の正体。 


 親父からすれば『厄介な息子』だっただろう。


「異端の烙印を消し去りたい親父からすりゃ、お前は邪魔で邪魔でしょうがなかっただろうな」


 組織ってもんはイメージが大事だ。


 異端と認定されている組織であれば特に。


 故に親父であるフォンロンはフリューの存在を隠した。


 息子は一人であるとフォリーを前面に出して目立たせ、組織内の人間もイメージの悪化を阻止するためにフォンロンに賛同。


 周辺住民もフォンロンの行う治療に頼っていることから、組織が潰されないよう口裏を合わせる。


 そして、フォンロンは死別した妻の実家にフリューを預け、組織に属していないように扱った。


 妻の実家は同じ街にあるのだが、他の街へ追放しなかったのは目の届くところに置いておきたかったのか。


 あるいは、出来の悪い息子でも父親として見捨てられなかったのか。


 どちらにせよ、フォンロンは選択を間違えた。


「ただ、お前はそこで終わらない。軽犯罪を犯すだけならまだ良かったが、組織の金にまで手を付け始めた」


 金が無くなったフリューは父親と兄貴にたかったようだが、当然ながら二人は拒否。家で大人しくしているよう命じたが――フリューは後に過激派となる人間を誘い、組織の資金を盗んだのだ。


 そこまで語ると、フリューはハッと鼻で笑う。


「……そうさ。親父と兄貴にバレちゃってね」


 金を盗み、使い込んだことがバレたフリューはいよいよマズイ状況へ追い込まれる。


「親父と兄貴は僕を騎士団に突き出す、とまで言い出してさぁ」


 ヘラヘラと笑うフリューは自分の犯した罪を堂々と語りだす。


 まず、二人にバレたのは死亡する一週間前。


 親父と兄に詰め寄られたフリューは「一週間で金を返すから騎士団への通報だけは勘弁してくれ」と頼んだらしい。


 ただ、こいつは金を返す気なんて微塵もなかったのだ。


「だから過激派にエリクサー生成の件がバレてる、と伝えてね。代わりに殺してもらうことにしたんだ」


 フリューは同じく金を盗んだ不良仲間――過激派の一員となった者を通じて「エリクサー生成」についての事情を把握していた。


 過激派の状況を利用し、彼らにはバレたと伝える。


 逆に父親と兄貴には過激派がエリクサーを生成している、と伝えることで両者を激突させた。


 結果、父親と兄貴はスペンサー達に殺された。


「いやぁ、実に助かった! うるさい親父も消え、邪魔な兄貴も同時に消えてくれたんだから!」


 フリューは腹を抱えて大笑いする。


「二人が消えてくれたおかげで、僕は組織の代表になることができたんだ! 僕は組織の金を堂々と使うことができるようになったんだよ!」


 父親と兄貴が消えたことにより、フリューは組織の代表へと成り上がった。


 組織を手に入れることで周辺住民からの『寄付』として集まった資金は使い放題。


 誰も咎める者はいない。


 ただ、この状況で組織の人間は文句を言わないのだろうか? という疑問にぶち当たる。


「彼らは文句を言えないよ。僕が全てを明るみにすれば道連れだからねぇ」


 過激派によるエリクサーの生成。


 これらが明るみになれば、確実に黒き魔の手は騎士団の捜査が入るのは確実。


 聖ハウセル教会も事情を知ったら、騎士団に圧力をかけるだろう。


 技術派がいくら関与していないと言っても関係ない。組織は即座に潰される。


 そうなった場合、組織に属している技術派の人間は行き場を失う。


 行き場を失うどころか、一生教会にマークされて生きていかなきゃいけなくなる。


「彼らは僕に従うしかないんだよ」


 組織の人間だけじゃなく、組織そのものまでもがフリューの人質となったわけだ。


 だから、フリューが優秀な兄貴に代わって組織を掌握しても文句は言えない。


 双子の兄であるフォリーに惚れていた彼女も、組織を守るために黙っていた。


 使い込まれた金をどうにか補填しようと、自分達を頼ってくれる住民のためにも、酒場で働いていたんだ。


「しかし、君達に証言した女。彼女にはお仕置きしなきゃね」


 フリューは「どうしようかなぁ?」と心底楽しそうに独り言を漏らす。


「……随分と楽しそうに語ってくれたじゃないの」


「おや、怒ってる? あっ! もしかして君達を利用したことについてかな?」


 自分で自白したにも関わらず、フリューはまだ余裕の表情。


 それどころか、俺達を利用して過激派を潰し、証拠隠滅を図ろうとしていた思惑まで自ら語る始末。


「まさか。むしろ、情報をくれて助かったぜ」


「ふぅん。じゃあ、今日はどうして僕の元へ来たの? もしかして、君達は悪徳騎士で金を寄越せと言いに来たとか?」


 フリューは面白そうに笑いながら言葉を続ける。


「君達も悪党だね~」


 その言葉に俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「確かに悪党だ」


 そう、俺は悪党だ。

 

 だが、種類の違う悪党さ。


「別に金が目的じゃねえよ。俺達が知りたいことは別にある」


「知りたいこと? 何だい?」


 俺は少しだけ身を乗り出して彼に問う。

 

「お前、スペンサーの正体を知っていたか?」


「は? 正体? 一体何のこと?」


 問いを聞いたフリューは呆れるような声音で言う。


 その答えを聞き、俺とフリードは顔を見合わせた。


 その後、フリードはジャケットの裏にあったホルスターから『リボルバー式小型魔砲』を抜く。


 世界に二丁しかない最新式の魔砲。まだ騎士団さえも入手していない、フリード専用の特別製。


 その銃口をフリューのふとももに向け、トリガーを引いた。


「あっ、があああ!?」


 銃口から飛び出したのは針のように細い風の弾だ。


 フリューは穴の開いたふとももを手で押さえ、痛みに悶絶しながら俺達を睨みつける。


「な、なにを――」


「お前はスペンサーの正体を知っていたか? 知っていて協力していたのか?」


「だから、正体なんて――うぎゃああ!?」


 次はもう片方のふともも。


「コナーが死ぬことも教えてもらってたんだろう? どうなんだよ?」


 コナーからの証言と明かした時、こいつは「殺されなかったのか」と言った。


 スペンサーから事前に情報を渡されていた証拠だ。


「しょ、正体なんて知らない! コナーが死ぬことは、裏切りそうだからって! スペンサーが妹と一緒に殺すって言ってたんだ!」 


 自分はそう聞かされただけ、と床に倒れたフリューは悲鳴を上げながら言った。


「……もう一発ぶち込んでおくか?」


「そうしよう」


 俺の提案にフリードが頷くと、フリューは必死の形相で「本当だ!」と叫ぶ。


 どうにも嘘には見えない。


 単に会話の中で聞かされただけ、あるいは犯行がバレないか問うた時にスペンサーが明かしたのか。


「ようし、次の質問だ。スペンサーが取引していた黒商人は知っているか? 黒商人の特徴は? 連絡方法は?」


「し、知らないッ! 知らないよッ!! 僕はあいつらの研究になんて、これっぽっちも興味はないんだッ!!」


 フリューは両足を押さえながら「痛い、痛い」「手当してくれ!」と喚き散らす。


 それでも俺達が微動だにしないと分かると、彼は顔を歪めながら言葉を続ける。


「ぼ、僕はッ! ただ金が欲しいだけだッ! 黒魔術なんて知らないし、興味もないッ! 彼らの仲間でもないッ!!」


 単に利用しただけ。


 単に父親と兄貴を殺してくれる、都合が良い連中として扱っただけ。


「エ、エリクサーの件は黙認するって言ったけど! ただ、それだけだッ! 僕はそれ以上関わっていないッ!」


 黒商人の件も過激派の一員から話を聞いただけで会ってもいない、と。


「あぁ! う、ぐぅ、あぁぁぁ!」


 遂に足の感覚が無くなってきたのか、床をのたうち回りながら泣き叫ぶ。


「そうかい」


 こいつの言っていることはマジだろう。


 単にスペンサー達に殺させただけ。


 むしろ、俺達の追う敵をよく利用できたなと感心してしまいそうになるが、スペンサーも眼中になかっただけだろう。


 向こうも向こうで都合の良い隠れ蓑が出来た、と思っていたのだと思う。


「お前の言うこと、信じてやるよ」


「あ、あ、じゃ、じゃあ――」


 俺の言葉を聞いて、フリューの表情が明るくなる。


「だが、お前のような人間はこの国にとって不要だ」


 そう告げてやると、フリューの顔が絶望に染まる。


 その瞬間、フリードが魔砲のトリガーを引いた。


 放たれた風の弾はフリューの額に吸い込まれ、彼は額から血を流しながら絶命する。


「……俺がやっても良かったんだぜ?」


 死んだフリューを見ながらフリードに問うと、彼は魔砲をホルスターに仕舞いながら「まさか」と言う。


「俺だって勇者の仲間ってことさ」


 そう言ったフリードは俺の肩をポンと叩いた。


「……悪いな」


 俺はそう返しながらソファーから立ち上がった。


「今日はいつも以上にクソッタレな一日だったな。一杯やってから帰ろうぜ」


 外に出た俺は首をコキコキと鳴らしながらフリードを誘う。


「天使ちゃんはいいのか?」


「リリが甘やかしまくってるだろうからな。今頃、菓子と高級料理の食いすぎで腹出しながら寝てるだろうよ」


 俺は鼻で笑いながら「村に帰ったら一週間は菓子禁止だ」と宣言。


「子育てってのは大変だねぇ」


 肩を竦めるフリードと共に歩き出す。


 月明りが道を照らす中、俺達はブルーアイズが経営する酒場へと向かって行った。

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