第17話 貴族街封鎖


 魔物化したパトロン達の一部は敷地外へと飛び出し、貴族街にいた人間達へと襲い掛かる。


 各貴族家が個人的に召し抱える傭兵や元騎士の人間達が主人を守ろうと奮闘するも、やはり魔物という存在と対等に戦うのは難しい。


 異形と化した体は対峙する者の恐怖を煽るだけじゃなく、身体能力は人間時に比べて二倍から三倍まで上昇している。


「うおおおお!!」


 傭兵時代、戦争で名を上げた男が貴族家の財力を以て揃えた優秀な装備を身に着け、戦いの中で磨いた実力を百パーセント発揮したとしても――


「硬いっ!?」


 骨が変異したブレードは鋼以上の硬度を持ち、並大抵の武器では断ち切ることができない。


 鍔迫り合いになったとしても、その強靭な腕力が傭兵の体を押し退ける。


『ギュワアアアッ!!』


「ぐわああッ!?」


 たたらを踏んだ傭兵は体をブレードで斬り裂かれてしまった。


 胴体に騎士団正式採用と謳う鋼の鎧を身に着けていたにもかかわらず。


「あ、が……」


 致命傷を負った傭兵が地面に倒れ、玄関付近にいた仲間へ助けを求めようと腕を伸ばす。


 だが、次の瞬間。


 男に致命傷を与えた魔物が彼の首筋に喰らい付いた。


「ぎゃ!?」


 男は首の肉を食い千切られ、胴体に身に着けていた鎧は強引に剥ぎ取られる。


 そうして露わになった体へ魔物は更に喰らい付き、に従って捕食を開始する。


「う、うわあああ!?」


 仲間が捕食されるシーンを見た者が絶叫し、恐怖のあまり走って逃げだした。


『ギュワアアアッ!!』


 すると、魔物は走って逃げる人間をロックオン。


 口から血を滴らせた顔を上げ、逃げ出した人間の背中に向かって吼えた。


 走って逃げる人間は活きが良くて新鮮、とでも思っているのだろうか?


 魔物化した人間も魔物化した動物も、何故か逃げる人間を追う習性にある。


 喰いかけの人間を放置して逃げる人間を追い、追いついたところでまた喰らい付く。


 それを見た別の者が逃げ、またそれを追って――という繰り返し。


 このような状態が貴族街南東付近で多数発生していた。


 南東側から迫り来る魔物から逃げようと、貴族街の人間は東側にある入口を目指して逃げ出しており……。


 となると、人間を追う魔物達も徐々に貴族街の入口へと近付いて行く。


 貴族街の入口まで到達した後、今度はメインストリートにいる人間を襲うことは容易に想像できる。

 

 その次は中央区に続く橋だろうか? 橋を越えたら次は中央区に到達し、そこから西・東・南へと魔物はバラけていくだろう。


 そうして雪だるま式に被害は増えていき、王都は陥落――というのが最悪のケース。


「魔物を外へ出すなッ!」


 当然ながら騎士団もそれは避けたい。


 よって、騎士団の指揮を執る騎士団長エヴァン・ヒュードルは貴族街入口で待ち構えていた。


「魔砲隊、構え!」


 入口を封鎖するように並ぶのは、二列五十名の騎士。

 

 彼らが手に持ち、構えるのは『魔砲』と呼ばれる対魔物戦用兵器だ。


 マスケット銃に似たフォルムを持つ遠距離兵器は、元勇者の仲間である天才錬金術師ミュアが開発した物であり、魔王戦争中期から急速に普及しはじめた新兵器。


 この兵器を一言で表現するならば「誰でも攻撃魔術を撃てる兵器」だろう。


 魔術を使用するにはそれなりの訓練と知識が必要になるが、魔砲はトリガーを引くだけで魔術が撃てるという優れものだ。


「放て!」


 エヴァンが指示を出すと、魔砲を構えていた騎士達が一斉にトリガーを引いた。


 発射口から放たれるのは攻撃魔術として最もポピュラーな火の魔術。


 第二階梯魔術『ファイアーボール』である。


 五十もの火の玉が魔物へと向かって飛び、それを浴びた魔物は一瞬だけ火達磨になる。


 ただ、即死とはいかない。


 第二階梯魔術の威力では魔物の持つ治癒力を僅かに上回れないからだ。


 魔物を覆う火が消えると、魔物の体は至るところに黒いコゲが残る。


 焼けた肉の匂いが辺りに充満する中、魔物の肉体はゆっくりと治癒していくのだが――


「次弾装填!」


 騎士達は魔砲の排莢レバーを引く。


 排莢口から飛び出したのは、魔力がカラになった『魔術シェル』だ。


 魔術シェルの中身は魔光石という魔力を内包する鉱石。それを円柱状に加工した後、表面に発動させたい魔術の魔術式を予め刻んでおく。


 ただ、最後の一文字だけは刻まない。敢えて最後の一文字を刻まないことにより、魔術発動に必要な術式を未完成状態で仕上げる。


 その状態で魔光石の部分だけを残して薄い金属で覆う。


 これが魔術シェルという物だ。


 続けて、最後の一文字だが、こちらは魔砲側の撃にある。


 ――排莢レバーを引いた騎士達は専用ポーチから次の魔術シェルを取り出し、それを魔砲へと装填する。


「放てッ!」


 使用者がトリガーを引き、撃鉄が落ち、最終刻印一文字分の形を持った撃槌が魔術シェルの尻を叩く。


 そうすることで最後の一文字がシェルに叩き刻まれ、魔術シェルの魔術式が完成する。


 その後、発射口から魔術が飛び出すという仕組み。


 この仕組みにより、使用者は特別な魔術知識が不要となる。


 ――剣や槍、矢やクロスボウよりも強力で殺傷能力がズバ抜けて高い魔術。


 戦闘において最大の火力を有する魔術を展開するには、魔術師の数も必要だし、魔術師を揃える訓練時間も金も必要だった。


 その概念を覆したのが魔砲だ。


 誰でも簡単に魔術師になれる。特別な知識は不要。ただ、量産する金と材料が必要なだけ。


 魔砲の使用には後に国際ルールが設けられたものの、魔王戦争を切り抜けるためには必要不可欠だったと言えよう。


「二巡目でも仕留めきれんか。次弾装填!」


 弱点といえば、魔術シェルに刻める文字数が制限されていること。


 威力を増すために第二階梯以上の魔法を発動させようとすると必然的に魔術式の文字数が増える。


 文字を増やすとシェルに内包する魔光石の大きさが必要になり、対応する魔砲も大型化してしまうという点。


 二つ目はシェルが一発限りの使い捨てという点。


 現状では一撃放つだけでシェル内の魔光石が持つ魔力を全て放出してしまう効率性の悪さ。


 加えて、未だ連射機構が搭載されていない点だろうか。


「放てッ!」


 三巡目の一斉射撃を食らった魔物はようやく地面に倒れた。


 体は真っ黒こげになっており、至るところからか細い白煙があがっている。


 重点的に狙われた頭部とその付近は原形が残っていない。


「……治癒能力が上がっているのか? それとも基本スペックが上がっている?」


 エヴァンは部下には聞こえない小さな声で漏らした。


 今回の魔物は魔王戦争時と対峙した魔物よりも明らかにタフだ。


 しかし、同時に魔砲を用いた戦術は未だ有効であるとも確信したのだろう。


 そもそも、魔物に対して個人で立ち向かおうとするのが間違いだ。


 人よりも強靭で強力な敵に対し、それよりも脆弱な人間達は数で対抗せねばならない。


 これは魔王戦争時に得た最大の教訓なのだが――


「む――え?」


 エヴァンは空から異様な気配を感じ取って顔を上げた。


 彼の目が捉えたのは、宙を浮かぶ一人の使である。


「……やはり、反応してしまったか」


 エヴァンもまた、こうなることは予想済みだったらしい。


 ただ、同時に別の物体にも気付いた。


 貴族街上空に飛来した別の物体は騎士団が所有するワイバーンだ。


 そのワイバーンから飛び降り、貴族街へ真っ直ぐ落ちていく人物が見える。


 それを見つけた瞬間、エヴァンの口角が僅かに吊り上がる。


 あんなことをするのはこの世でただ一人しかない、と言わんばかりに。


「団長! 空に――」


 だが、部下の一人も天使の存在に気付いたらしい。


 彼が空を指差した瞬間、エヴァンは表情を険しくしながら魔術を発動させる。


 第五階梯魔法 ストームウォール。


 エヴァンが生み出した荒々しい風の壁は、貴族街入口から広く高く展開されることで騎士達の視線を遮った。


「全員、戦闘に備えろ! この壁を突き抜けてきた魔物をいつでも撃てるようにな!」


 この壁は防衛ラインだ、と言わんばかりにエヴァンは騎士達へ少し下がるよう指示を出す。


「第二部隊は橋を封鎖! 第三から第七部隊は中央区に向かわせろ! 橋の向こう側に魔物がいないか、徹底的に調べ上げる!」 

 

 少々強引なを悟られないようにか、エヴァンはいつも以上に細かな指示を出していく。


 ただ、同時に彼は内心で安心もしていただろう。


 あとは彼が何とかしてくれる、と。


「……誤魔化し方を陛下と相談せねばな」


 厄介なのは全てが終わった後の方。


 エヴァンは険しい顔を城へと向けた。

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