第6話 想い人は誰



「……そっか。夕真くんは、好きな人、いるんだ」

「うん」


 こんなこと正直に言いたくなんてなかったけど、僕はこの話題に関してどうしても嘘をつけなかった。それは、僕にとってその人はとても大事な人で、今でもずっと忘れられずにいる大好きな人だから。

 もしここで嘘をついたら、もうその人と相思相愛になれる可能性がゼロになってしまうんじゃないかって思えて、怖くなったんだ。


「もしよければ、その人のこと、教えて欲しいです」

「……どうして?」

「男の子がどんな女子を好きなのかって、私もよく分からなくて。私ってアンドロイドだし、自信過剰かもだけど見た目も良いほうだから、アンドロイドの男の子からは正直すごくモテます。人間の男の子でも、遊びで近づいてくる人はいっぱいいる。でも、本気で恋愛したいと思ってる人間の男の子のことは、全然分からなくて。だから……」


 うつむき、沈んだ声になったリンはエスプレッソ・フラッペのストローに口につけた。

 

 普通に接する限り、アンドロイドは心も体も人間と全く違いはない。

 それは、国の発表でも、世間一般的にも、表面的には必ずそう言われる。でなければアンドロイドの人権問題になるからだ。

 だけどそれは建前で、それぞれの種族・・は、裏では少し違うことを考えている。


 アンドロイドたちは、自分たちに誇りを持っている。

「生体組織と金属骨格から作られたバイオアンドロイド・ネオは人間と機械のハイブリッド生命体であり、人間をはるかに超えた進化形だ」と。


 対して、人間からすればあくまでアンドロイドはロボット。

 一部の右翼団体は「機械に人の心など分かるはずはない」と断じ、恋愛においても「人間の恋愛相手は人間でしかあり得ない」とまで宣言し、人間至上主義を掲げてアンドロイドを排斥しようとしている。


 いずれにしても人間は、人権としてはアンドロイドを対等と認めても、存在としては同等とは認めていない訳だけど。

 その意識を決定づけているのが、「バイオアンドロイド・ネオは人間の恋愛相手になるために造られた」という考え方だ。


 もちろん、国は公式にはそんなふうに言っていない。

 当初は製品として販売されたバイオアンドロイド・ネオのセールスポイントも、のちにバイオアンドロイド・ネオの人権が憲法に明記されたときに宣言された内容も、だいたい似通ったものだった。

 要約するなら「ともにこの世界を生きる仲間」。

 だからこそ、人間の完全再現を開発コンセプトにした、と。 


 なのに、どうして「恋愛相手になるために造られた」なんて揶揄されるのか?

 それは、国の公式発表からは想像もつかなかったアンドロイドたちの性質・・に、全世界の人間が驚かされたからだった。


 アンドロイドたちの多くはなぜか人間に恋をし、人間と喜怒哀楽を共有しながら健気けなげに添い遂げようとする。

 快感すら知覚できるように造られた彼女らは意識が飛ぶほど絶頂し、そのうえ性格や体の特徴の違いによって一様ではないはずのをこれ以上ないほど的確に突いてくるから、日常生活に支障をきたすレベルでアンドロイドに溺れる人間が続出した。


「心の底に眠る人間の願望を仕草や会話内容から完全解析可能」だとか、「狙った人間を虜にするための最適フェロモンを体内合成している」だとか、「アンドロイドたちはパートナーである人間に合わせて微妙に体のカタチを変形させているのではないか」などという憶測が、アンドロイドとの恋愛経験者によって拡散される始末。


 これらの中には都市伝説の類も多分に含まれていると思われるが、こんな噂が広がってしまったのも「アンドロイドとの営み・・にハマった人間たちがまるで覚醒剤に手を出してしまったかのように抜け出せなくなった」という情報がネット記事で蔓延したからだ。

 仲間としてだけならこんな風に造る必要性など無い、人間の恋愛相手のために造られた以外に考えられない、人間たちの間でそんな噂が広まっても無理からぬことだろう。


 結果として、アンドロイドたちは初体験を望む人間の相手として、または人間たちが密かに望む浮気や不倫の相手として選ばれ続けた。

「ラブドール」だと揶揄され、「あくまでアンドロイドは作り物」という考えが人間たちの中で有力となっている現在、本命の恋人としてアンドロイドを選ぶ人間はほとんどいない。


「あの。……リンは、人間の男子のことが好きなの?」


 リンは、うつむけていた顔をあげる。

 

「……んーん。興味があっただけですよ。私自身、男の子のことを知るのはすごく大事なことなので」

「そっか」

「それで?」

「え?」

「だから、夕真くんが好きな女性のお話ですよ」

「ああ……うん」


 その女の子の名は、上原うえはらあおい

 僕の幼馴染だ。


 小学校低学年の頃に知り合った葵は、その当時からすごく可愛かった。

 他を寄せつけない圧倒的な美貌は中学校に上がる頃には周囲の学校にまで知れ渡るくらいに完成されていて、もう僕なんかが話しかけていい存在ではなくなっていた。


 それでも、小学校を卒業する頃までは、葵はずっと僕になついてくれていた。

 ゆうちゃん、ゆうちゃんって言って、積極的に僕と手を繋ぎ、嬉しそうに腕を組んできて、断りもなく抱きつき、一方的に僕の体を弄った。

 ひたすら葵の命令に従っていた僕は好きなように弄ばれたけど、そんな葵との時間が大好きで……。


 頭を振る。

 なんかそんなところだけすぐに思い出せてしまうけど。

 家族と仲が良くなかった僕は、あの頃、夜遅くまで家に帰らないでいた。

 葵は、そんな僕にずっと寄り添ってくれた子だから。


 でも、もう葵が僕に懐いてくれることはない。

 なぜなら、中学生になってすぐ、葵自身が僕に宣言したから。

「あたしは、かっこよくて背が高い、イケメンタイプの男子が好きなの」って。

 それ以降、葵は僕に近寄らなくなった。


 だから僕は、葵を諦めなきゃならないと思った。

 そのために僕がしたのは、葵とは完全に正反対のタイプが好みだと装い続けることだった。


 女子っぽさ全開で、おしとやかで、可愛らしい感じの女の子が好みのタイプだと思い込もうとしたし、人に聞かれたらそう言うようにした。

 そうすれば、そのうち本当に葵のことを忘れられるんじゃないかと思って……。


 それでも、僕の中から葵が消え去ることはなかった。

 むしろどんどん大きくなり、今や彼女の存在が、僕の生きる支えと言っても過言じゃないくらいになってしまった。


 こんな気持ちを一人で抱え続けるのはつらい。

 話を聞いてもらうのも、いいかもしれないと思った。


「その子はね、僕が苦しんでいた時に心の支えになってくれた。……いや、過去形じゃない。今も、彼女のことを好きでいられるから、彼女のことを心の支えにしているから生きていられると思う。それくらい、僕にとっては大事な人なんだ」


 僕の話を聞き終えたリンの瞳は、なぜかたぎるような水色に移り変わった。

 特に変なことを言った覚えはない。

 自分の心に誠実に、偽りのない本心を話しただけなんだけどなぁ?


「……そうですか。羨ましいなあ。そんなに一人の男性から想われるなんて、そんな経験したことないから。そうかぁ」


 さっきよりも潤んだ瞳で、いつものように優しく微笑む。

 でも、なにかいつもと雰囲気が違う。


「なんていうお名前のひとですか。教えてください」


 僕は、自分の家の場所をリンから聞かれても教えなかった。

 なぜなら、幼馴染である葵は、僕と同じ団地に住んでいるから。

 リンと一緒にいるところを見られたりしたら、もしかすると誤解を招くかもしれないと恐れたからだ。

 だから、名前も教えるつもりはなかった。

 なかったのに……


「上原葵っていうんだ」

「へぇ……そっか。上原葵」


 有無を言わせない気配を感じて──いや、表現が適切じゃない。

 言葉は敬語だったけど、命令・・だった気がした。

 強制的に奴隷を従わせる、絶対的支配感。

 こんなお淑やかな女の子からそれを感じるわけがないのに、気がつけば僕は、想い人の名前をリンへ教えていた。




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