第4話 決死の二人三脚(リン視点)
一難去ってまた一難とはまさにこういうことを言うんだろう。
クソッたれ童顔ゴリラを排除したと思ったら、レジでの夕真との会話で冷や汗をかかされる。ゴリラなんかよりよっぽど手強い。正直、もうダメだと何度も思わされた。
好きな食べ物を聞き出してデートに繋げることができれば……なんて甘い考えで私の頭はいっぱいだったんだけど、ハンバーグとかステーキ的な食べ物が好きだと思い込んでいた私の期待は初球から裏切られた。夕真はどうやらお魚料理が好きらしい。
塩焼きくらいは分かるがムニエルってどんなんだっけ?
最強焼き??
それがどんなものかも分かんないのに、もしそれを食べれるお店の話や、私がそれを作れるかどうかの話に発展したらマジで最悪。
そう、迂闊だったけど料理の話は、男女の場合は即「手作り料理」の話につながるんだ。
墓穴を掘っちゃった。
私は料理なんて一ミリも作れない。
私が会話に困ったときは、ネリムが調べて教えてくれる手筈になっている。
バイト中だし、夕真と話をしているのにスマホばかり見るわけにもいかないから、私は両耳に着けた通信用ピアスだけでネリムから情報を受け取ることにした。
それにしても、なんでこんな通信ピアスやらスマホやらを使わないといけないのか。
私たちは、自らが超高性能な機械であるにもかかわらず、自分よりも性能の低い外部機器の使用を強いられている。
その原因は、体に内臓された機器による通信を禁じられているからだ。唯一の例外は、システムアップデートみたいな基幹システム側が主導する通信だけ。
そんなふうにする公の理由は、「アンドロイドの開発コンセプトは人間の徹底再現を至上の命題としているから」というものだ。
そのせいで私は今、ネリムが調べた映像を見ることなく、音声だけでの情報収集を余儀なくされている。
「リンはムニエルとか西京焼きって作れるの?」
「そうですね。大丈夫です」
案の定、お魚料理を作れるかどうか尋ねられてしまった私は咄嗟に嘘をついた。
もしどちらかの部屋に行って料理を作ることにでもなったら死に物狂いで練習しないと……。
そうこうしているうち、会話の中で私は致命的にミスを犯してしまう。
どうやら夕真はお母さんに嫌われているようで、迂闊にもその話に触れてしまったんだ。
家族の話をする夕真はすごく苦しそうだった。
沈んだ表情で、悲しそうに微笑んでいた。
夕真と出会った当初、強烈な彼の魅力にあてられた私はもう半分パニックになっちゃって、彼を力づくで家に連れ込んじゃおうか、いっそのこと無理やり監禁同棲生活に持ち込んじゃおうかと真剣に悩んだ。
それでネリムに相談したら、道を踏み外すなとか絶対にやめた方がいいとかあいつが
でも、この感じだと案外大丈夫だったのかもしれない。
だって、私と二人っきりで暮らせばお母さんとは会わなくて済むもんね?
むしろ感謝されて愛が
「ねえリン、もし良ければでいいんだけど、『フラッフィー』に一緒に行かない? 君となら行きやすいなあって思ってさ」
「……フラッフィー」
私の笑顔で夕真の心が持ち直してきたかと思った矢先、間髪入れずに次の問題が発生した。
夕真は「フラッフィー」とかいう謎の場所に行きたいと言い出したんだ。
まるで聞いたことのない場所。大自然を見にいく的な場所なのか、それとも店舗とか施設系なのか、それすら見当がつかない。
私が完全にフリーズしていると、ネリムが通信ピアスを通じて助け舟を出してきた。
【リンちゃん! 『フラッフィー』って言葉は、『ふわふわした』って意味の英単語だよ!】
「そうか……! よくやったネリム!」
音量を落とした声でネリムを褒めてやる。
なぜアンドロイドの私が英単語の意味すら知らないのか?
それは、「人間を徹底再現する」というアンドロイドの開発コンセプト故に、目や耳などの器官パーツでしか情報取得できなくされているからだ。
しかも、記憶能力に至っても性格面を反映するように設定されているようで、勉強などに興味がない私は全くもって学業のほうは覚えが良くない。
よって、戦いに明け暮れてきた今現在の私の学力は中学生に到達しているかどうかも怪しい状態だ。だから英単語なんてほとんど知らない。
「あ! だ、大丈夫だよ、別にデートとかじゃなくて! ちょっと行ってみたかっただけでさ、一人じゃ行きにくいなあって思ってただけだから!」
夕真が「デート」という言葉を口にした!? どうやらフラッフィーとは、男女がデートで行くところらしい……。
どんなところなのか全くわかんないけど、行かないという選択肢は絶対にあり得ない!
「デート!? 行きます!!!! 行きたくないとかじゃなくて、嬉しくてちょっとだけ呆然としちゃいました! 夕真くんは、ふわふわしたやつが好きなんですか?」
「ふわふわ?」
「えっと……」
頭にハテナが浮かんでいる様子の夕真。
違うんじゃねえか馬鹿野郎このネリム!
えっと、えっと……という迷い果てたネリムの声がピアスを通じて聞こえてくる。
こいつも女子力は最底辺のようだ。私に責められることしか頭にないM女に女子力など求めるのがそもそも間違いだったかもしれない。
【フラッフィーで検索しても色々出てきて特定が難しいけど、それらしいのは分かったよリンちゃん! たぶん犬だ! ポメラニアンとかビションフリーゼとかそういう
単語からも会話の内容からも『ふわふわした』ってところに間違いはないはず。夕真くんは動物が好きそうな雰囲気もあるし、きっとペットショップとかそういうところに行きたいんだと思う!】
ほんとかよ……。
私はネリムの言うことに疑いを持ち始めていたが今は他に手段がない。
とりあえず、あからさまに動物だと言い切るのは危険な気がしたのでジャブを入れてみることにした。
「可愛く動いたりしたらもう堪りませんよね」
「……動く?」
ハテナどころか今度は完全に疑いの目を向けられる。
冷や汗が首筋を垂れる嫌な感触を味わいながらネリムをどう罵倒してやろうか考えた。ゴリラを殴り倒すほうがいくらか簡単だ。
一体なんなんだよフラッフィーって……!
すると、ここで夕真がとうとう尻尾を出してくれた。
「きっとすごく柔らかな食感なんだろうね。一度食べてみたくて」
【はあああああっ! 分かったぁあああっっ!】
ネリムが我を忘れて叫んでいた。
この馬鹿、そんな大声で叫んだら音漏れでバレるだろが! 開放型の通信機器なのに耳キーンってなったよ。
その後「すみません、何でもないです」とネリムは独り言みたいに釈明していた。後ろにいる上司になんか言われたんだろう。
【……有名スイーツ店のことだ! ここから一番近い『
確かに夕真は「食感」とか「食べてみたい」だとかいうキーワードを口にしたから今度こそ間違いないとは思ったけど、二度もネリムから騙されている私は用心せざるを得なかった。
よって、念には念を入れて
「夕真くんは、スイーツとかが好きなんですか?」
「うん。甘いものには目がなくて」
「駅前に、新しくお店が出来ましたもんね!」
「そうなんだよ。リンはもう行ったことがあるの?」
「いえ、実はまだ。だから嬉しいです!!」
バレないように自然な仕草で冷や汗を拭う。
心底安堵していたおかげで限りなく自然な笑顔が作れたと思う。
とうとうこの修羅場を凌ぐことができたらしい。
マジで神経を削られる。世間で恋愛してる男女はこんな熾烈な戦いを常に繰り広げているんだろうか?
それから夕真は、その店の一番人気の商品を説明し始めた。
「フラッフィーで一番人気なのはバナナとホイップクリームが乗っかってマカダミアソースがたっぷり掛かったやつらしいんだけど」
だが、パッと聞いた感じ、それがどんな料理なのか分からない。
部分部分を説明されても、根本的な料理名が出てこないから……。
「おい、ネリム! これなんなんだよ、わかんないぞ」
【これはパンケーキだよ! ホームページでメニューを見たら書いてあった!】
よし。これはさすがに間違いないな。
「八枚」だとかそういう単語を夕真は言ってきたけど、ここにきてもパンケーキだとは明言しなかった。もしかして夕真は私を試しているのか……? しかし、この食べ物がパンケーキであることを看破した私にはもう通じないよ、夕真。
パンケーキ八枚ということだろ!
すると夕真は「八枚はどうだろう」と、ちょっと枚数が多すぎることを心配してそうな雰囲気を匂わせた。確かに、体格の小さい夕真には食べきれない恐れがあるだろう。
ちなみに、アンドロイドは食べ物を食べることができる。
アンドロイドの生体組織の下にある金属骨格にはアンドロイドが生きていくために必要な全ての装置が詰まっているが、それは人間で言うならほとんど骨くらいの体積しかないコンパクトさだ。残りの体積は全て生体組織に割り当てられている。
人間と同じように物を食べ、排泄し、汗をかき、涙を流すのは全て人間を完全再現するため。
非常に面倒臭いが、夕真と同じ体験を共有しながら愛を深めることができると考えれば、この発想でアンドロイドを作った科学者を私は神と呼びたい。
実のところ私はかなりの大食いだから、たぶん量は問題にならない。
が、私の大食い加減を夕真の前でまともに披露するわけにはいかないし……。
まぁ何とかなるか?
確か甘いものを食べるのは比較的女子にありがちな現象だと世間的には認知されていたような気もするし、多少多めに食べても女子力評価が下がることはないはずだ。
量の多さを心配するならそもそも八枚も注文する必要性がわからないが……。
「でも、ちょっとバランスが悪いかなと思って」
……バランス?
また妙なことを言う。どうしてバランスが関係あるのか。
それを言うなら八枚を均等に並べると正八角形とか正方形とかが作れそうだしバランス的には良さそうなイメージしか湧かないが。
私が思考の路頭に迷わされたのは映像を見ることができなかったためだろう。
ホームページでメニューの写真を見ているネリムは、夕真の奇妙な発言の正体を即座に見抜いて私に報告してきた。
【このお店のパンケーキは複数枚を縦に重ねる盛り付け方をしてるんだ! だから夕真くんは、八枚も積んだら倒れちゃうんじゃないかと気にしてるんだよ思うよ】
なるほど……謎は全て解けた!
やはりネリムにサポートを頼んで正解だった。これで会話が完璧に整合する。
「あんなものを縦に積まれたらゴテッって倒れちゃいそうですもんね! ほとんどダルマ落としみたいですし」
完璧な回答だと私は自負していたんだけど、何やら夕真は微妙な顔をしていた。
わからない。内容は正しいはずだ。
仮に内容が正しいとするなら、語彙選が女子力低めだったか。
くそ、最後まで油断ならないぞこの勝負は……!
テロリストを殲滅させるより疲弊した感がある私は、汗でぐちゃぐちゃになったロンTを手でパタパタしながらもう椅子に座り込みたいくらいだった。
兎にも角にも、ネリムとの二人三脚でなんとか修羅場を
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