第24話 爪先

爪先に色を塗る。虹色、七色、重ねていけば夜の色。単に黒や紺色を塗るよりももっと暗く深い色。その深さに、目をやるたびに沈み込む。ふと気づけば、爪の深淵から誰かが覗いている。その瞬きは金色の粉を散らして、爪の先を彩っている。だあれ? 何をしているの? 問いかければ、大昔、爪の先の深淵から落っこちたひとだという。爪を塗るのが生業で、熱心に塗るものだから、前のめりになって足を滑らせて、つるんと深淵に落ちてそれきり。久しぶりに、深淵の色が塗られたので、見に来たのだとか。上手に塗れているか問いかけると、上手と答える。上手と言いつつ、でも、指の、ささくれの部分がね、月みたいで、夜になりきれていないよ、と続けて、残念そうな顔つきをした。もしかしたらと思い、爪先のささくれは、そのままにしておく。いつまで経っても完成しないから、深淵の中のひとは待ちきれず、さようならを言って立ち去った。それからは、夜の色はほどほどに塗る。どれも一面の未完成。以降は一度も、あのひとには会っていない。

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