(5)カガミや、カガミ

 すると、次の朝から、表の執務の前に『殿のご機嫌伺い』と称する時間が設けられた。

 カガミが奥の様子をあらかじめ殿様に伝え、午後の奥への来訪の支度を整えるもの、という建前であったが、実際のところは殿様の『本日の姫君の年』を確認するためのものであった。


 「カガミや、カガミ。この藩で最も麗しいのは誰じゃ?」

 そう殿様がカガミに尋ねる。

 「それは、奥方様にございましょう」

 「そうか、そうか」

 続いてカガミが殿様に尋ねる。

 「殿。姫君は、今年でいくつにおなりでございましょうや?」

 「姫は、九つではないか。

  奥付きとして、覚えておかねばならんぞ」

 「はい。ちと、ど忘れを致しまして。申し訳もござりませぬ」

 「うん。構わぬ。本日も奥のこと、宜しゅうにな」

 「はい。つつがなく」


 このようなやり取りが、毎朝、くり返される。

 姫君の年だけが、日によって違うのだった。


 殿様の様子をうかがいながらの半月の間に、カガミは自らの里の者に繋ぎをつけた。

 元々の姫君の影の者たちも、カガミの生まれた里の者たちであった。

 そして、取り急ぎ、七人の娘を森の屋敷に呼び寄せた。

 七人の娘たちは、姫君の七つから十三までの年の役割をそれぞれが担う。

 元々の影の者たちに指南をさせて、姫君の幼き頃からのできごとやくせ、武芸に茶の湯、生け花、琴や舞いなど、必要と思われることをすべて教え込んだ。

 それぞれが年相応の振る舞いをする稽古もつけられた。


 カガミが朝のご機嫌伺いで殿様に確かめた年齢の娘が、その日は奥へと入り、午後の殿様の来訪に備える。

 それ以外の六人と元の影の娘の合わせて七人は、日毎、姫君の影となるべく鍛錬を続けながら、姫君の体のお世話をしたり、屋敷の手入れに、皆の飯の支度などに励んだ。

 己が食べるものは、己で探すようにしつけられている娘たちは、森に入っては山菜や獣を探し、木を切っては炭焼きもした。

 しかし、姫君の役をやるのであるから、肌は常に白く、日焼けなどはもってのほか。

 かなりの難しい務めであった。


 「姫はどこにおる? 姫の好きなカラモモを持ってきたぞ」

 ある日の殿様の中の姫君は、十一才であった。

 たしかに姫君は、少し前までカラモモが好物で、やたらとほしがっていた。

 その頃にも殿様は、喜んで与えていた。

 十三になった本物の姫君の好物はすでに変わっているのだが、殿様には分からない。

 「父様、ありがとうございまする。姫はカラモモが大好きじゃ」

 そう十一才の姫君役の娘が答えると、満足気な顔をして殿様は奥方様のところへ向かう。


 ある時には、危うい事態も起こった。

 本日の姫君の役は八才の娘である。

 八才ゆえに化粧も薄く、なるべく塗らぬほうが自然であろうとしたのが仇となった。

 「おや? 姫は、そんなところにホクロなどあったかのぅ?」

 額の髪の生え際にたしかにホクロがある娘であった。

 化粧を薄くしたせいで、うまく隠れていなかったようだ。


 その時は、奥方様の機転に助けられる。

 「あら、そうでしたかのぅ? 姫は外遊びも好むゆえ、日に焼けたのやも。

  いずれ消えましょうぞ」

 そう奥方様が言うと、殿様は頷いてカガミに向かって言う。

 「カガミや。健やかなのはいいが、姫の麗しい肌に傷などつけぬようにな」

 「はい。決して」


 縄で編まれたぐらぐらする吊り橋の上を渡らされている気分のカガミであった。

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