第9話:仮面の下の素顔
ゼクスとの衝突の後、エレノアはヴェリタス学園での立場が少しずつ変わっていった。
ゼクスに立ち向かったことで、他の生徒たちのエレノアを見る目が変わったのだ。
一部の生徒からは、尊敬の眼差しさえ向けられるようになった。
そんな中、ゼクスがエレノアに再び近づいてきた。
しかし、以前のような威圧的な態度ではなかった。
「おい、ヴァレンシュタイン。あの時のこと、ちょっと話がある」
ゼクスは、人目のつかない場所でエレノアに声をかけた。
エレノアは警戒したが、ゼクスの表情には、以前のような傲慢さがあまり感じられなかった。
ゼクスは、ぽつりぽつりと自分の過去を語り始めた。
彼もまた、複雑な家庭環境で育ったこと。
貴族に対する強い反感は、過去に貴族に虐げられた経験から来ていること。そして、ダメ学校で力を持つことで、自分を守ろうとしていたこと。
「俺は、努力しても報われなかった。だから、力で押さえつけるしかないと思ったんだ」
ゼクスの言葉には、諦めと、そして少しの寂しさが含まれていた。
エレノアは、ゼクスの話を聞いて、彼の根底にある苦しみを感じ取った。
彼は、ただの悪役ではなかった。
傷つき、歪んでしまった、一人の少年だった。
「でも、努力することには、意味があるわ。すぐに結果が出なくても、それは決して無駄にはならない」
エレノアは、自身の経験からそう言った。
貴族学校での努力も、ダメ学校での努力も、今の自分を形作っている。
ゼクスはエレノアの言葉に、複雑な表情を見せた。
すぐに変わることはないだろうが、エレノアの言葉は、彼の心に何かを残したようだった。
一方、リヒトもアメリアと向き合うことになった。
アメリアは、リヒトがエレノアと繋がっていることを知り、さらに焦りと怒りを募らせていた。
「リヒト様! あのダメ学校の女と、一体どういう関係なのですか!」
アメリアは、学園の廊下でリヒトに詰め寄った。
リヒトはため息をつき、アメリアを誰もいない場所に連れて行った。
「アメリア嬢。あなたに、少し話があります」
リヒトは、アメリアに自身の生い立ち、孤児院で育ったこと、そして公爵家の落胤であることを明かした。
そして、前世の記憶についても、具体的な内容は伏せつつも、過去に深い傷を負っていることを話した。
アメリアは、リヒトの話を聞いて驚きを隠せなかった。
彼女は、リヒトをただの幸運な成り上がり者だと見ていたのだ。
リヒトはさらに、アメリアの家庭環境についても知っていることを告げた。アメリアの伯爵家は、借金に苦しんでおり、アメリアは家のために裕福な相手との結婚を強いられていること。
「あなたも、俺と同じように、自分の力ではどうにもならない状況にいる。だから、必死に足掻いているんだ」
リヒトの言葉に、アメリアは顔色を変えた。
自分の秘密を、なぜリヒトが知っているのか。
「私があなたに近づいたのは、あなたの公爵家の力のためだ。それを否定はしないわ。でも、私だって、好きでこんなことをしているわけじゃないのよ!」
アメリアは涙を流した。
高飛車な仮面の下に隠された、彼女自身の苦しみ。
リヒトは、アメリアの涙を見て、前世で裏切った人間たちの中にも、何か事情があったのかもしれない、と思った。
全てが悪人だったわけではないのかもしれない。
「俺は、誰かを力や地位で判断したくない。そして、誰かを信じることを諦めたくない」
リヒトは、エレノアとの交流を通して学んだことを口にした。
前世の傷はまだ完全に癒えていないが、エレノアが自分を信じてくれたように、自分も誰かを信じたいと思った。
アメリアは、リヒトの言葉に何も答えることができなかった。
リヒトの言葉は、彼女の心の奥底に響いたようだった。
ゼクスとアメリア。
二人の悪役の仮面の下に隠された、それぞれの苦悩と過去が明かされた。
彼らは完全に変わったわけではないだろう。
それでも、リヒトとエレノアは、彼らの素顔を知ったことで、人間というものの複雑さを理解し、少しずつ「信じる」ということを学んでいった。
それは、前世の悲劇を乗り越えるための、重要な一歩だった。
完全に人間不信を克服したわけではない。
それでも、誰かに対して、小さな信頼の芽を育てることができるようになったのだ。
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