紅の綺羅星が許さない! 〜月花帝国革命譚〜
錐谷
1.九重昴
「現れたな、
体育館裏についた昴を待ち受けていたのは、もはや顔馴染みとなってしまった先輩学生たちだった。彼らは先日も駐輪場に昴を呼び出し、返り討ちにあったばかりである。懲りないのか。
艶々の短い黒髪に学生帽を乗せ、帝国大学指定の学ランに身を包み、校則違反の白いマントを羽織った姿は確かに目を引くが、彼らが目くじらを立てるのはそのせいではない。鮮やかに紅い瞳のせいでもなければ、九重財閥関係者の証である胸のエンブレムのせいでもない。
ロッカーに入っていた手紙にもう一度目を通す昴へ、ひょろりと背の高い青年が眼鏡を押し上げながら不敵に笑う。
「ふふふ、見事引っかかってくれて嬉しいよ。野上純一郎なんて悩める新入生は存在しないのさ。少し調べればわかるはずなんだけどね」
「わざわざそんな面倒くさいことするかよ。あんたたちも大概暇だな……」
架空の生徒をでっち上げるためだけに、帝大在籍者名簿を調べるだけでも大変な手間だ。呆れる昴をよそに三人組の高笑いが校舎の合間に響き渡り、騒ぎに顔を出した生徒たちが迷惑そうに耳を抑えた。絡まれているこちらにまで冷たい視線が突き刺さる。迷惑にも程がある。
「……あんた、
「ふふん、帰してやらんこともないぞ。お前が土下座してこれまでの非礼を詫び、俺の手下になると言うならな」
「なんだよ、そういうことなら早く言えばいいのに」
中央にふんぞり返った筋肉の塊のような青年の言葉に、昴は思わず微笑んだ。
「またオレにボコボコにされたいんだな?」
「ほざけ、この前と同じと思うな!」
大声をあげ、手にした木刀を構える一宮。もう1人、小柄な学生が同じく木刀を携え、昴の死角を狙って回り込む。二人がかりで襲いかかるというのが、前回の惨敗を踏まえた作戦らしい。
マントの下に両手を差し込んだ昴は、まずは背中から飛び掛かってきた学生の顔面に、取り出した武器を閃かせた。鼻血を噴いて昏倒した彼には目もくれず、続く一宮の突きを軽やかなステップでひらりとかわす。
一宮が焦った顔を見せると同時に、勢いを乗せた昴の踵がその鳩尾へ綺麗に決まった。木刀を落とし、腹を抱えてうずくまる彼を見下ろしてにっこりと微笑みかけてから、すかさず側頭部を殴り飛ばす。
あっという間に倒されてしまった仲間たちを目にして、眼鏡の青年は情けない声を上げた。
「ぼぼぼ暴力反対!」
「はいはい、片付けよろしくな」
真っ赤なトンファーをくるくると回しながら、昴は笑った。
「うっ……、くそ……」
頭を押さえながら、一宮がふらりと立ち上がる。
「お前、本当にそれで女かよ……」
聞き捨てならないその言葉に、帰ろうとしていた昴の足が止まる。マントを翻して一宮の元へ歩み寄ると、自分よりもはるかに大柄な相手の胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。
「オレは男だ! 何度も言わせんじゃねぇ!」
今度こそ気絶してしまったのか、一宮はそのまま白目を剥いて動かなくなった。代わりに、戦々恐々とこちらを見ていた生徒たちのささやきかわす声が耳に入ってくる。
あれで女だってよ。
なんで帝大に女がいるんだ。
跡取り娘があれじゃ、九重財閥も大変だな。
「男だって言ってんだろ! 今しゃべってた奴全員出てきやがれ! 叩きのめしてやる!」
大声をあげる昴だが、前に出てくる者はいなかった。苛立つまま、適当な生徒を捕まえてトンファーを突きつける。
「おい、文句があるなら聞いてやるが?」
「ひっ、なんで俺が……。えっと、君がどうして怒っているのかよくわからないけれど、女の子がそんな危ないものを振り回すのは良くないんじゃないかな」
その答えは紳士的であったかもしれないが、相手が悪すぎた。爽やかに笑いかける彼の額に思い切り頭突きを叩き込むと、崩れ落ちるその姿には一瞥もくれず、昴は足音荒く体育館裏を後にした。
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