終章:復讐の果て、新たな平穏

第43話 白麗母娘の庇護と栗駒青葉証券の裁き


 照和1991年、7月。


 株式市場の暴落は止まることを知らず、多くの企業が倒産し、社会は混乱の極みにあった。


 皇道学館学園でも、生徒たちの家庭が経済的な打撃を受け、退学を余儀なくされる者まで現れ始めていた。

 宝塔は、学園の「政界情勢研究フォーラム」で、依然として「底はまだ遠い」と冷静な分析を続けていた。

 彼の言葉は、もはや誰も嘲笑うことはできない。

 彼の予言通りに株価が推移し、彼が裏で動かしている桜華院基金が莫大な利益を上げていることは、学園の上流階級の間で公然の秘密となりつつあった。


 そんな中、宝塔の耳に、同じ学園に通う白麗渚(しらなぎ なぎさ)に関する不穏な情報が入ってきた。

 渚は、中学三年生でありながら、既に大人の美女と表現されるほどのスタイルを持つ美少女だ。

 彼女は、瓶田嶺(へいた れい)の教育係だった白麗渚と面影が酷似しており、その記憶を持つ宝塔は、彼女に特別な感情を抱かずにはいられなかった。


 渚は、仙台の地方財閥である白麗子爵家の庶子として扱われ、母親の白麗幸(しらなぎ ゆき)と共に東京で暮らしていた。

 政財界の閨閥用として名門学園に通う彼女たちだが、白麗子爵からの援助は受けているものの、一族内での扱いは冷酷なものだと噂されていた。


「宝塔様、実は、白麗渚様のお母様から、緊急のご連絡がございました」


 法子が、そう切り出した。彼女の冷静な声にも、どこか緊迫感が滲んでいる。

 幸から宝塔への依頼は、その日のうちに、橘顕造を通じて彼の元に届いた。

 白麗子爵家が、この経済混乱に乗じて渚を政治的な結婚の道具にしようとしているというのだ。


 幸は、娘の渚を守るためなら、どんな犠牲も厭わないと懇願してきた。

 宝塔は、その依頼を迷うことなく引き受けた。

 瓶田嶺の記憶が、再び彼の脳裏を駆け巡る。

 嶺が唯一心を許し、愛した白麗渚。

 その面影が重なる少女と、その母親を、宝塔は決して見捨てることはできなかった。


「橘さん、この件は迅速に、そして秘密裏に進めてください」


 宝塔は、リリーナ母娘の時と同様に、橘顕造に指示を出した。

 橘は、桜華院家の件で宝塔の恐るべき手腕を目の当たりにしており、彼の指示には絶対の信頼を置いていた。

 橘は、裏社会の人間を使い、白麗子爵家が渚に強要しようとしていた政略結婚の相手方の弱みを握り、それを交渉材料として徹底的に揺さぶった。


 その過程で、宝塔は白麗幸と久しぶりに直接会う機会を得た。

 幸は、齢33にしては信じられないほど若々しく、そして瓶田嶺が愛した渚先輩に驚くほど似ていた。

 瓶田嶺の記憶を持つ宝塔は、彼女の美しさと、娘を守ろうとする一途な姿に、強く惹きつけられた。


「白麗さん。あなたと渚さんを、私の庇護下に置きます。その代わり、あなた方母娘も、私の『愛人』となってもらいます」


 宝塔は、冷徹なまでに、しかしどこか甘く響く声で告げた。

 現状だと、俺の直接の庇護下にでも置かないと母娘は守れない。

 それだけ状況はひっ迫していたのだ。


 幸は、一瞬たじろいだが、娘の未来を考えれば、他に選択肢はないことを悟っていた。

 彼女は静かに、そして毅然と頷いた。


 こうして、リリーナ親子同様に、白麗母娘もまた、宝塔の「愛人」として彼の庇護下に加わった。

 松濤の屋敷は、さらに広がり、彼が守る女性たちの「家」として機能し始める。

 宝塔の胸には、瓶田嶺の記憶が温かく息づいていた。

 この渚と幸を守ることは、あの理不尽な死を遂げた嶺への、最大の供養となるだろう。


*****


 照和1992年。


 金融市場の混乱は続き、地方経済も深刻な打撃を受けていた。

 そんな中、榊原由美から、改めて宝塔への救済依頼が舞い込んだ。


「宝塔様。私を、貴方の『愛人』にしてくださるならば、この話を進めていただけませんか」


 榊原由美は、毅然とした態度でそう切り出した。

 彼女は、自らの故郷である高松への愛が深く、以前丸亀造船を助けるときに使った「栗駒青葉証券」の救済を求めてきた。


 彼女が救済を求めたのは、自信の仕事でもある証券局絡みの案件だ。

 地場の小さな証券会社だが、この時の大蔵省はまだ護送船団方式を取っており、一社でも潰れることは容認できなかった。


 課長代理補佐という訳の分からない役職だった榊原さんは、直属の証券局長から直々のこの案件の処理を命じられたという。

 だが、同社の経営危機は、すでに公然の秘密となっており、多くの金融機関が救済を渋っていた。


『栗駒青葉証券……』その名を聞いた宝塔の脳裏に、瓶田嶺の記憶が鮮明に蘇る。

 嶺が勤めていたのは、まさに仙台の小さな証券会社だった。

 婆さんの法律事務所経由で、爺さんからも同様の依頼が届いた。


「宝塔、悪いな。嬢ちゃんの言う通り、あの証券会社を救えないかな」


 爺さんの言葉に、切実さがこもっていた。

 理由を聞くと、爺さんが若いころに借りがある連中が仙台におり、その仙台がやばいということらしい。

 地方都市の状況は、既に経験した高松と同じらしく、それなりの影響力ある会社がつぶれると本当にその都市の経済が持たないらしい。


 やくざだけを助けるのならば爺さんだけでも問題なさそうなのだが、そんなのは国士たる爺さんの誇りが許さない。

 これは、単なる企業救済ではない。


 それに、この会社は瓶田嶺の無念を晴らす絶好に機会にもなりそうだ。

 まさに宝塔の中に今でもいる瓶田嶺の「復讐」の絶好の機会だ。


 宝塔は、榊原由美を「愛人」とすることを条件に、栗駒青葉証券の調査に乗り出した。

 調査を進めるにつれて、社の内部に深く根ざした暗黒な部分が次々と明らかになっていく。

 違法な株価操作、顧客資産の不正流用、そして裏社会との癒着……。

 その腐敗ぶりは、瓶田嶺が生きた昭和の時代を彷彿とさせるものだった。


 この調査の過程で、榊原由美の友人であり、仙台出身の外務省キャリアである藤村明日香(ふじむら あすか)もまた、栗駒青葉証券の闇に触れることになる。


 彼女の父親は、地元の地方財閥である白麗子爵の系列企業の役員を務めており、その繋がりから、証券会社の違法行為に巻き込まれそうになっていた。

 藤村明日香は、真実を知るにつれて、自らの正義感と、旧態依然とした財閥の腐敗に強い怒りを覚えた。


 そして、宝塔の持つ圧倒的な力と、彼の冷徹なまでの正義感に惹かれ、彼に協力することを申し出た。


「私も、宝塔様の『愛人』として、この腐敗を正すお手伝いをさせてください」


 宝塔は、その申し出を受け入れた。彼は、栗駒青葉証券を買い取ることを決意する。

 そして、買収が完了するや否や、宝塔は腐敗した役員全員の首を切り、徹底的な内部調査を実施した。

 次から次へと発覚する違法行為の証拠は、片っ端から警察へと提供された。


 これまで闇に葬られていた数々の不正が明るみに出され、仙台の経済界に激震が走った。


 宝塔は、法治国家の建前を遵守しながらも、その裏で、爺さんや橘の力を借りて、証拠の隠滅を企む者たちを徹底的に叩き潰していった。

 それは、瓶田嶺が果たせなかった、そして彼の命を奪った「悪」への、宝塔による冷徹な裁きだった。

 彼の復讐の刃は、確実に、そして深く、日本の闇へと突き刺さっていった。



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