第40話 支配権の奪取:丸亀造船の株式操作


 婆さんに協力を頼み、リリーナさんたちが持つ丸亀造船の株式を桜華院リリーナ基金に移す手筈を整えた。

 海軍にはそのあたりの交渉を婆さんの知人を通して済ませてある。

 榊原さん経由で知り合いの『栗駒青葉証券』に持ち株を預けた後、すぐに所有者を基金に変えた。


 これにより、桜華院宗家が持っていた丸亀造船に対する支配権が消失したのだ。

 桜華院家は、梓の父親が個人で55%保有していた丸亀造船の株式のうち、20%をリリーナさんと梓が個人で保有し、残りの5%〜7%は桜華院家の財閥企業が持っていた。


 例の委任状の件があったため、宗家は実質的に55%の権利を持つものとして造船会社の支配権を維持していたのだ。

 実質的に個人所有の20%の保有株が大きく、本来ならこの所有者が会社の経営を担うはずだったが、それを桜華院の連中に乱暴な方法で奪われていた。


 桜華院家の一部は、これまでの正当性が突然崩れてきたことで、いよいよ後がなくなり、直接リリーナさんや梓を襲撃する行動に出た。

 高松の街中でヒットマンなどが暗躍したが、婆さんの伝手で四国に派遣された機動隊員の活躍もあり、彼らの企みは失敗に終わった。


「まったく、この期に及んでまだ諦めないとはね。よほど追い詰められているのでしょう」


 婆さんの声には、冷笑が混じっていた。

 しかし、もはや奴らは限度を超えていた。

 俺は完全に造船会社を傘下に収めることを決意した。


 丸亀造船の定款の不備を突き、『栗駒青葉証券』に丸亀造船から転換社債を発行させた。

 通常、これは株主総会で賛否を問われるものだが、定款の不備を理由に役員会だけで話を進め、発行された転換社債を基金がすべて買い取り、すぐに株式へと転換させた。


 これにより発行済み株式総数が大幅に増え、実質的には増資に近い効果があった。

この操作で俺たちの持ち分は40%を超え、その後、**TOB(株式公開買付)**をかけた。


 地元の企業や個人が持つ株式の多くがTOBに参加してくれ、持ち分を55%にまで増やした後に臨時の株主総会を開き、上場を廃止した。

 桜華院宗家あたりから反対されるかと思いきや、彼らの傘下には相当苦しい会社も多く、保有していた造船株を先のTOBで手放していた会社が多数出ていた。


 もともと桜華院の名を名乗ってはいたが、梓の父親の会社は完全に別物として扱われていた節があり、宗家が「守る」という気持ちも弱かったようだ。

 それよりも、現状の自社の資金繰りが苦しいところに、かなり良い条件を提示したことで、TOBに参加してくれたのだろう。


 現在、株を保有しているのは、桜華院の宗家が持つ5%に、宗家自身の会社の5%。その他、かろうじて桜華院財閥企業数社が12%を保有し、残りは四国の富裕層、それも梓の父親と親交のあった者たちばかりだ。


 今回の経営権の変更についても、梓の父親から妻のリリーナさんへ移るという構図であったため、第三者的な視点から見ても正当性があったと聞いている。

 もともと、梓の父親が殺された際には、このあたり一帯にかなり剣呑な空気が流れていたのだ。

 リリーナさんが東京にいなければ、彼女を旗頭にして暴動でも起きそうだったらしい。


 それを宗家がいち早く自分たちの傘下に取り込んだのでどうにか収まったという経緯があるが、そのような経緯で奪い取った会社の扱いが、あまりにも杜撰だったのだ。

 会社を守りたいのならば、是が非でも数億円の資金を集めてきて、海軍からの受注を全うするしかなかったのに、桜華院の連中がその状況を知らなかったわけではない。

 また、宗家につながる銀行から融資ができない情報などもすぐに伝わったはずだし、造船会社の内情は連中が経営していたはずなので、知らないわけがないのだ。


 専務によれば、桜華院の連中の経営は利益の中抜きしかしておらず、実質の経営はすべて生え抜きの者たちが行っていたという。

 今回の資金ショートの件でも、何らアクションすら取られた形跡がなく、生え抜きの連中が走り回っていたことで俺たちにも情報が伝わったのだ。


 しかし、所詮は地元ローカル企業だけの存在で、資金を集めるにしてもせいぜい四国内部を走り回る程度。

 経済規模の小さな四国を走り回っても、どこも政府の政策で苦しくなっているので、資金を出すことなどできるはずもない。


 桜華院の連中が真剣に資金を集める気があるのならば、グループ内だけでも集められたのではないかと勘ぐってしまう。

 最悪でも宗家を頼れば、縁のある石峰財閥に口が利けるのだ。

 最低限、石峰財閥傘下の石峰鉄鋼の支払いの延期だけでも取り付ければ、俺たちが出張ることはなかった。

 そうして、先日開いた臨時総会で、経営権の譲渡と上場の廃止を決定したのだ。


*****


 ここからは婆さんから連絡を受けて駆けつけてくれた、専門家チームが送り込まれてきた。

 この専門家チームは、婆さんの知り合いだけあって、すごい人たちばかりだ。

 弁護士を始め、公認会計士に税理士たち総勢20名で構成されており、その税理士には元税務査察官までもが所属している。

 弁護士の方もすごくて、いわゆる辞め検、つまり元特捜部の検事までが混じっているという。


 もう、この人たちの前では悪いことなどできないだろう。

 それをしていたというのだから、爺さんと婆さんの図太さというか、その肝の座り方は本当にすごい。


「彼らって、俺たちでこの人たちを取り込めないのかな」


 俺がそう呟くと、婆さんも同じようなことを言っていた。


「彼らもまんざらでもないらしい」と。


 報酬もさることながら、それ以外に、不正に対してどこにも忖度することなく切り込めると聞いて集まってきているので、彼らは気持ちが良いそうだ。

 仕事そのものは期限もきつく大変になるだろうが、正義の味方を気取るような気持ちで仕事ができるのを密かな楽しみにしているとも聞いている。


 で、内情はというと、財務上にはわりとどこの会社にもあるような酷いことはなかった。

  だが、背任行為、横領、隠し献金などはあった。

 全ては桜華院家の連中の管轄になるので、証拠を付けて司直に送ると、司直から理由のわからないことを言ってきたのだ。


「横領などについてはどうにかならないか」


 なぜ今、そんなことをとよくよく婆さんに話を聞くと、桜華院宗家が出張ってきているらしい。

 どうも、横領から彼らの過去の殺人などが明るみに出るとまずいらしいのだ。


 宗家で何らかの保証を出すから、隠蔽することを要求されたという。

 司直から言ってきたのは横領の件だけだが、彼らの無茶はそれだけではない。

 リリーナさんに対するだけでも財産の横領もあり、これもまた横領にあたるか。


 しばらく返事を保留にしていると、当然のように女性社員に対する違法行為が発覚した。

 すでに、自暴自棄にでもなっていたのか、監禁されていた女性を橘さんが保護していた。

 もうお約束だよな。


「宝塔様、また厄介な『お土産』ができてしまいましたわね」


 橘が、疲れたように肩をすくめた。

 その声には、諦めと同時に、どこか呆れたような響きがあった。

 その後も出てくる犯罪行為に、さすがに俺だけでは隠しきれないだろう。

 俺は婆さんに桜華院との交渉という名の事情説明に向かってもらった。

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