第44話 演出のつもりが、世界の命運

 空気が張り詰める。


 霧がうねり、瘴気が地を這い──

 あの“厄災”が、姿を現す寸前の空気だった。



「……全員、臨戦態勢を維持して。ここから先は、何が起きてもおかしくないわ」



 女側近の低い声が、緊迫した空気をさらに研ぎ澄ませる。


 飛空艇から降りた一行は、腐った大地に足を踏み下ろし、布陣を取っていた。

 結界の外側、霧の奥から、何か巨大なものが蠢いている気配が伝わってくる。



(やば……何このBGM……臨場感ありすぎ……)


 ケイルは、そんなことを思いながらも、震える膝を必死に押さえていた。



 誰もが緊張で額に汗をにじませるなか──

 ケイルだけが、密かにポーズのタイミングを探っていた。


(ここで主役がビシッと構えたら……絵になる、はず……)


 ほんのわずかに、腰を落としてポーズを決め──


 その一部始終を、女側近は見逃さなかった。


(なにやってんのよ……)



 呆れた目の奥で、彼女は鋭く思考を巡らせる。


(現実を教えて避難させた方が安全かしら……? ……いや、今は教えない方が逆に安全かも)



 ふぅと息を吐き、女側近は再び前を見据えた。


 


 ──その時だった。


 地面が揺れた。


「ッ……! 来るぞ!!」


 レオンの声が響く。


 霧の向こうから、黒い“腕”のようなものが、ゆっくりと地を這って姿を現した。

 人の倍以上あるそれは、無数の眼孔を持ち、ただ存在しているだけで周囲の草木を腐らせていく。


「“厄災”……っ!」


 ユウナが剣を構える。


「……今までの端末とは、桁が違う……」


 セラの手が震え、詠唱の声がかすれる。


 


 仲間たちが武器を構える中──ケイルもまた、背筋を伸ばして立った。


(どう見ても、リアルすぎる……演出じゃない。わかってる。わかってるけど……)


 額に浮かぶ冷や汗を袖で拭い、ケイルはそっと、深呼吸をした。


(やるしかない……!)


 その決意が、届くかどうかはわからない。

 だが確かに、戦いの火蓋は──今、落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る