第42話 この凡人を死なせるわけにはいかない
飛空艇は、黒い夜空を裂きながら、王都への帰還を急いでいた。
船内には、言葉にできないほどの沈黙が満ちている。
霧の中で、仲間の何人かが命を落とした。戻ってきた者たちですら、精神のどこかを置き忘れてきたような顔をしている。
ケイルは、床に腰を下ろし、腕を組んで肩を震わせていた。
(ちょ、まって……本当に、誰か死んでる……これ……冗談じゃ済まないよな……)
冷や汗が背中を伝う。
だが、声には出さない。
それが“演者”の誇りだと、ケイルは信じていた。
(ここで逃げ出したら……役者として失格だ)
目の端で、女側近がちらりとケイルを見た。
普段の皮肉や軽口はそこになく、ただ静かな視線を向けて──やがてまた前を向いた。
(こいつ……馬鹿なのは間違いないけど、逃げないのは本物……)
(だからこそ、私が守らなきゃ。こいつほっといたら、絶対死ぬ)
飛空艇が王都の上空に入ると、緊急信号が発信された。
わずか数分後には、戦略会議室に、王国と魔族、両陣営の最高戦力が揃う。
人類史上初の“人間と魔族による共闘会議”が始まった。
「これが、“原初の災厄”の観測記録です」
セラが取り出した魔術結晶に、映像が浮かび上がる。
霧の奥、名もなき絶望をそのまま形にしたような存在。
ただ映像を見ているだけで、室内の空気が重くなるのを誰もが感じた。
「……こんなものが、現実に……」
「正気か? こんな相手に、どう戦えと……」
空気は、沈黙の緊張に張り詰めていた。
そんな中心に座らされているケイルは、当然ながら滅茶苦茶に緊張していた。
だが、そんなケイルの心中をよそに、ユウナが一歩前に出る。
「この男──ケイルが、我々の切り札です」
会議室がざわつく。
「彼は、“災厄”と対峙しても一歩も退かず、霧を切り裂くように、我々を導いてくれた」
「まさか、あの場にいたのか……?」
「噂は……本当だったのか……」
魔王軍の参謀が、ケイルをじっと見つめる。
「……確かに、何か“血の共鳴”のようなものは感じる。おそらく王族の因子を……」
──パタン、と音を立てて、女側近が書類を閉じた。
(はああああ!?)
(いやいやいや、違うから! こいつ、そこらの畑から拾ってきた雑草みたいな凡人よ!? 何が魔王の血筋!? )
彼女の脳内はツッコミの嵐だったが、顔はいつも通り冷静だった。
「……ともかく、“災厄”はまだ健在です。次は、これまでとは比べ物にならない戦力が必要になります」
魔王が静かに口を開く。
「“厄災”の本体、おぼろげながら所在が判明している」
「っ……本体……」
「これより我が魔王軍は、正式に人類との共同戦線を結ぶ。世界を守るためだ」
静まり返る室内。
「勇者たちよ。共に、あれを討とう」
言葉を失う将官たち。
作戦は“正式に”、発動された。
その数日後。再び前線基地に戻った一行。
修理された飛空艇は最終調整に入り、部隊は再び“あの地”へと向かう準備を進めていた。
「……今度は、戻ってこられる保証ないかもね」
ユウナが、飛空艇の外壁を見上げながらぽつりと呟いた。
レオンが剣を磨きながら応じる。
「次は……大量の死人が出るだろうな」
ケイルは少し離れた場所で、地面に座り込んでいた。
(……あの会議、重かったな……)
(でも、ここで逃げたら主役失格だ。踏ん張れ、俺……)
そのとき、女側近がそっと近づいてきた。
「……くれぐれも無理しないでよ」
静かに告げられたその一言に、ケイルは顔を上げる。
「今の、この世界の綱渡り……あんたが死んだら、全部崩れるんだから」
そしてすぐ、彼女は背を向けた。
(ほんと、誰がこのバカを担ぎ上げたのよ)
(このまま放っといたら、ほんとに死ぬわね。で、世界ごと巻き添え? 冗談じゃないわ……)
(誰も止めないなら、私がやるしかないか……)
出発の時。
格納庫の昇降デッキに、各部隊が次々と乗艦していく。
その片隅で──ケイルは人目を避けて、そっと拳を握る。
(さあ、いよいよクライマックスだ……俺の、主役ムーブ……!)
小さく、誰にも見えないようにポーズを取った。
その姿を、女側近がどこか諦めたような目で見つめていた。
「……ほんと、バカね。あんた」
わずかに口元を緩めながら、小さく呟いた。
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