第40話 “これはイベントです”って、誰か言ってくれ

 飛空艇が目的地の上空にたどり着いたとき、視界に広がったのは──


 街も森も存在せず、地形そのものが、すり潰されたように、平坦で、静まり返っている景色。


 それなのに、耳の奥では、確かに“何かが囁く声”が響いていた。



(……え、なにこのロケーション……? 演出すごすぎない?)



 ケイルは、心拍数が跳ね上がるのを感じながら、無理やり平静を装っていた。


「上陸する。セラ、結界を。レオン、先行確認」


「了解。……けど、ほんとに降りたところに“厄災”がいるのか?」


「これでいなかったら、逆にその方が怖いわよ」


 ユウナの言葉は冗談のようで、どこまでも本気だった。




 地上。

 全員が武器を構え、緊張感を漂わせる中──


(いや〜、すごいな……まさかここまで作り込むとは。予算どれくらいかけたんだろ……)


 ケイルは小声で独り言を漏らし、周囲に生まれた沈黙に慌てて口を閉ざす。


 足元に、黒い靄のようなものがじわじわと広がり始めていた。


「全員警戒! この霧、魔力を削ってくる……!」


「ッ、結界が削られてる!? 何この密度……っ!」


 魔術師セラが顔をしかめ、詠唱を強化する。


 その中で、ケイルだけが、すんと鼻をすすった。


(……これ、ドライアイス? でも鼻が……ヒリつく……)


 霧の中心、ぽっかりと空いた空間の奥──そこに、“厄災”はいた。



 見る者すべてに不安と、"名前のない記憶"を蘇らせるような姿。


 人型のようで、そうではない。


 眼窩に似た穴が、いくつも、ゆっくりと動いている。


 ただ視線を向けるだけで、勇者パーティですら息を詰まらせた。


「ッ……!? なんだ、あれは……!」


「霧じゃない……あれ自体が、災厄……!」


「正気を保って……見つめちゃ、ダメ……!」


 セラが、静かに結界を張り直す。

 けれど、既にその結界は、音を立てて軋み始めていた。


(やべぇ……やべぇってこれ……! けど、ここでビビった顔したら演出台無しだろ……!?)


 ケイルは震える膝を押さえつけ、歯を食いしばる。


(今こそ……主役……! 主役ムーブ決める時だ……!)


 心の中で叫ぶようにして、前へ──その一歩を踏み出した瞬間。


 空間がねじれた。


 飛空艇の後部が、一瞬にして黒く染まり、轟音とともに破裂する。



「っ……退路を断ちに……!?」


「後部損傷! 飛行維持が──!」


 揺れる機体。吹き飛ぶ魔族兵。


 ケイルの目に、それは“あまりにリアルすぎる爆破演出”に見えていた。



(これ、演出の域を超えてない……?)

(いや、でも……誰も止めない、ってことは、これで正解……なんだよな?)



 だが、誰かが叫ぶ声が聞こえた瞬間──現実が、演出ではないことを告げる。


 霧の中に呑まれた兵の一人が、断末魔の叫びをあげて、跡形もなく消えた。



「これ以上はムリ、撤退するわよ!!」



 鋭く声が響く。


 女側近だった。冷静な目で全体を見渡し、すぐさま飛空艇の操縦士に指示を飛ばしていた。


「今逃げれば、ギリギリ帰れる。ここに長居したら、全員死ぬわ」


「け、けど、まだ──」


「ケイル、下がって!」


 ケイルの腕を掴み、ぐいと引き込む女側近。


 その表情は冗談ひとつない真剣さだった。


「情報を持ち帰る方が重要よ。あなたは……絶対に死なせない」


「えっ、え、いや、あの……!」


 ケイルは抵抗しかけたが、結局何も言えなかった。



(やばい……心臓が変な音してる……マジかよ……どこまでやるんだ……)


(全部仕込みだよな? みんなの演技が本気すぎるだけ……だよな……?)



 撤退準備をする飛空艇。

 霧の中、“厄災”の存在を、ケイルは振り返りながら、凍りついたように見つめていた。

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