第33話 死の誘い

 昨日、和平会談での刺客騒ぎが収束したあと、「一旦休息を」との申し出があった。


 その直後、執事らしき魔族たちに取り囲まれ、「陛下のご子息、専用の私室へ」と強制的に運ばれ──

 気づけばこの部屋だった。


(……すごい。本当に、世界観の作り込みがすごすぎる。演出の熱量どうなってんの……)


 黄金に縁取られた天蓋付きのベッドの上、ケイルは壁にかけられた一枚の絵に目を留める。



「……あれ!?」


 壁には魔王と並んで自分が描かれた肖像画。



(いやいやいや、こんなのいつの間に作ったの! さすがにやり過ぎでしょ……!)



 ベッドを降りると、魔族メイドがそっと朝食を運んできた。


「ケイル様、本日は城内西区の視察がございます。お召し物はこちらに──」


「わ、ありがとう。すごい……動きに一切ムダがない……」


(流れが完璧すぎる……! 舞台稽古、何回やったんだよこれ……)


 


 その頃、女側近は集合予定だった玄関口に、ひとり立っていた。



「……いない」



 本来なら、今日のケイルの視察には彼女が同行するはずだった。

 だが、やってきたのは見知らぬ魔族の男だった。



『本日は、"陛下のご意向"で……ケイル様には……特別案内役が、ついております』


 不自然な言い回し。だが、正式な任命印まで持っている。


(陛下直々に? ……おかしい)


 女の勘が、軋む音を立てていた。


 


 同時刻。魔王城の地下、かつて通路として使われていた古い回廊。


 その奥で、数名の魔族がひそひそと動いていた。


「部屋の位置は確認済み。午前中は視察で移動が多い。護衛は……最低限」


「正面から攻め込む必要はない。目的は“奪取”だ。

 迎え入れる手筈も、洗脳の儀式も──すべて整っている」


「誰にも気づかせずに。静かに、早く。我らの“新たな王”として迎え入れるのだ」


 薄暗い中で、蝋燭が一つ、揺れた。




 ケイルはというと、庭園で散歩をしながら──


(昨日と風景、違う……? え、これマップ自動生成なの!? どんだけ金かけてんだ……)


 噴水の音、水面の反射、草の手入れ……どれも完璧すぎて、もはや現実味がない。


(これ、裏設定集とか欲しい……!)


(もしかして、他にも隠し要素が出てくるんじゃ──)



 観光気分を満喫していたケイルの裏──



 魔王城・応接室の奥。


 勇者ユウナは、叩きつけるように立ち上がった。


「……ケイルが“姿を消した”? なにそれ……どういう意味よ!!」


 テーブルを囲んでいた空気が、一瞬で張り詰める。


 レオンが身を乗り出し、低く問い詰めた。


「誰が言った。実際に確認したのか? 護衛はどうしたんだ」


 セラが手を止め、声を震わせた。


「まさか、誘拐……?」



 報せに動揺する三人。


 誰よりも早く、ユウナが剣を取った。

「……あのバカ。何やってんのよ……!」


 震えていた。怒りと、焦りと、なにより不安で。


「まだ間に合う。急ぐぞ!」


「もちろん。ケイルを、絶対に取り返す!」


 もう、彼は“狙われる側”だった。

 静かに、静かに──すべてが動き出していた。

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