第4話 繁殖

「それにしても、草が単子葉類系の葉脈が並んだヤツしかないんだが、ワザとなのか?」


 イネ科のような、いかにも「芝生です!」というような草原が延々と広がっているのだ。植生すら単調なこの世界は、なんとも味気ない。


『ああ…それなんだけど、バラ科みたいな双子葉類系の植物は構造が複雑だからね…。根の形から葉の付き方から、全部指定するのはお手上げだったんだ。その点、その草は単純で良い』


 なんと、花も咲かなければ実も実らないらしい。——つまり、俺やスライムたちが草さを食べたり引っこ抜いたりしてしまえば、その内絶滅するという事では…?

 聞いてみれば、答えは“イエス”だった。


『そうなんだよ。今は生物も君たちしか居ないから大丈夫なんだけど、このままなら植物が食い尽くされる未来も訪れるかも知れない』


(……じゃあ俺が、繁殖できる植物も作れば良いってことか)


 どうやら、神様であるノムスにも限界はあるらしい。いや、むしろ「限界だらけ」と言った方が正しいのかもしれない。

 生物を作る時に“根の形”とか“葉のつき方”とか、そういう細かい要素を一つずつ指定しないといけないなんて、そりゃ面倒だわ。


(けどそれって逆に、俺に任されてるって事でもあるんだよな)


 草の遺伝子情報をもう一度確認する。

 たしかに構造は単純で、葉脈は一直線、葉の付き方も交互の単調なものだった。

 維管束の分かれ方もシンプルで、何となく“規則性”で作られてるって感じだ。


(イネ科はあまり“花”って感じじゃ無いんだよな…。種ができる雌しべと、花粉を出す雄しべがあれば良いのか…?)


 虫が居ないから、花粉を媒介するものは風だけだ。ほとんど自家受粉になってしまうかも知れないが、今は背に腹は変えられない(背も腹も無いけど)。


 草に“核”を作る。次世代の種となるような。そして、そこに他の遺伝子を送り込む雌しべを。雌しべには花粉が付くように粘着性のある分泌液を持たせて、雄しべからは遺伝子情報を載せた花粉が出るようにする。


(うーん、これでタネができるのかな…?あっ、ノムスに聞いてみよう)

「ノムス、居るか…?」

『おっ、どうしたんだい?』


 ノムスの事も忘れて没頭していた俺だったが、返ってきた答えは気分を害した風でも無く、ホッとする。


「今、タネっぽい物が作れそうな構造を作ってたんだけど、ほら受粉してタネが出来るまでって時間かかるだろ?ノムスなら見て分からないかなって」

『え?!もう生殖構造を作ったのかい?!見るよ!見る見る…!』


 驚愕の声の後、俺が触手で掲げた草をじっくりと見ているのか、無言になるノムス。

 やがて観察が終わったのか、『ほぉ…』と感嘆の息を吐いてノムスの意識が戻ってきた。


『すごいね…。たぶん、これでいけるはずだよ。少々予想と違う植物が生まれてくるかも知れないけれど、それも進化の過程だ』

「……そうか。まあ、その為の“受粉”で“結実”だからな」


(……あとは、この“種らしきもの”が本当に育つかどうか、か)


 俺はその“花弁のない花”がついた草を、そっと地面に挿した。あえてスライムたちに指示して、水分や日光が当たるように調整する。

 この世界にはまだ天候という概念も、季節という概念も存在しない。ノムスが雲を都度作って、適度に雨を降らせるだけだ。

 だからこそ、発芽に必要な条件を整えるのは——俺たちの役目だ。


 しばらく観察を続けていると、やがて“花”が萎れ、その根元がぷっくりと膨らみ始めた。


(これは……“実”だ)


 それは時間と共にゆっくり成熟していき、やがて弾けるようにして中から数粒の粒子がこぼれ落ちた。


 粒子は地面に触れ、しばらくじっとしていたかと思うと——


 ぴょこっ、と芽を出した。


(……発芽した……!)


 俺は思わず跳ねた。いや、スライムだから、ぷるん!と跳ねた。

 遺伝子情報をいじり、作った花。そこから実を結び、種ができ、ちゃんと芽を出した。つまり、この植物は——


(自分の力で、子孫を残したんだ……!)


 感動で全身を魔力が巡る。


(これが“繁殖”……)


 ふと、風が吹いた。

 地面に落ちた種が、ひとつころりと転がる。


(風か……。でも、これだけじゃ広がりは弱いよな)


 この種がもっと遠くへ飛んでいけるようにするにはどうすれば良いか。

 あるいは、種を“運ぶ”何かが居れば——?


(そうか、次は……こいつらを“運ぶ存在”が要るんだ)


 まだこの世界に居ない、何か。

 自家受粉で終わらせず、遠くへ実を運ぶような——。


(……昆虫、か)


 ハジメは静かに、次なる進化の“扉”を見据えた。

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