第1話 分裂

 ……目覚めた瞬間、違和感しかなかった。


 身体が重いとか軽いとか、そういう訳じゃない。そうではなくて自分の“身体の形”というものがそもそも感じられなかった。


 視界はあまり判然とせず、ぼやけ、色も形も曖昧だ。というか、360度、全体が見渡せるのも違和感がある。

 何となく分かるのは、どこまでも続く地面と、揺れる草。一面の草原だった。

 そして風に運ばれてくる潮の匂い。ザザァンと打ち寄せる波の音。近くに海があるんだろう。


 創造神ノムスは言っていた。


『私には、海と陸、草と海藻しか作れなかった』


 それならこれが、今知覚出来る物が、この世界の全てだろう。


 後は自分の身体の確認だ。

 手——無い。

 足——無い。

 頭——というか、身体の分別が無い。

 声を出そうとして、声帯も無く、立てられる音といえば身体を震わせる事で出る“ぷるぷる”という水っぽい音だけだ。


(ああ……俺、本当にスライムになったんだなぁ…)


 ノムスの言葉を思い出して、ひとまず納得する。

 正確には“上も下も”はっきりしないし、“身体の中心”も無い。けれど、視覚同様、身体全身が感覚器になっていて、触れた土のざらつきや草の柔らかさ、日差しや地面の温度、湿度までもが詳細に感じられる。



 ——そして、何となく分かった。


 この身体は、「分裂」できる。



 理屈じゃない。感覚的に理解していた。

 自分の身体の一部を分けて、別の個体を生み出す。それがこのスライムという存在の“本能”らしい。


(——やってみるか)


 俺はギュッと全身に力を入れ、内側にエネルギーを集中させる。すると、ぬるん、とした感覚と共に自分の一部が膨らんで、ぷちりとちぎれ、隣に転がった。


 透明で、俺と同じゼリー状の塊。


 俺と同じ……というより、俺の“コピー”だ。意思はない。ただ、ぷるぷると静かに震えている。


(すげえ……ほんとに分裂した)


 小さな感動が、俺の全身を震わせた。

 “脳”も“心臓”もないけれど、それでも何かが熱を持つ感覚。


 試しに、脳内で「俺から距離を取れ」と指示してみると、子スライムがゆっくりと向こうへ這い始めた。


 ……どうやら、簡単な命令なら通るらしい。


(これ……めちゃくちゃ便利じゃね?)


 分裂して仲間を増やせる。命令して動かせる。つまり、自分ひとりでも群れを作れるって事だ。


 しかも、感覚を共有できる。少し離れても、子スライムが触れたものの情報がじんわりと頭に届いてくる。


(これは……すごい事になりそうだ)


 まだ虫も動物もいない世界。俺が作れるのは、ただの“群れ”じゃない。

 ここから、生命の成り立ちそのものを操る事だって——


 その可能性に気づいた瞬間、なぜだか心がふるえた。




 一面の草の中で、透明なスライムが、もう一つに分かれた。

 それが、この世界における、進化の始まりだった。




***




『ハジメくん、楽しんでるなぁ…』


 天上から眺めていたノムスは、感心したようにうなずいた。


『使命だとか考えずに、ただ楽しんで生き物を作ってくれる。やっぱり彼を選んで正解だった』


 ハジメを転生させる事で力を使い果たして、今はまだ地上に居るハジメに話し掛ける事もできない。

 世界の形を変えるより、地上の生命体に干渉する事の方が力を使うのだ。


『もしハジメくんから依頼があったら、お礼にいろいろしてあげないと』


 それがこの世界を発展させる、基礎となるだろう。


 これからの地上の変化を思って、創造神ノムスは期待に目を輝かせた。

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