第26話:賢者の探求と、届かなかった真実。
**《ハヤトの視点》**
北方の試練場、グレイピークでの修行を終え、俺たちは、次なる目的地へと向かっていた。
魔王軍の幹部が守るという、東の要塞。
その要塞は、古代文明の遺産である、強力な自律型魔導兵器によって守られている、という情報だった。
「……古代、魔導兵器、か」
野営の焚き火を見つめながら、俺は、低く呟いた。
その言葉の響きが、俺の脳裏に、数週間前の、ある街の記憶を、鮮やかに蘇らせる。
白亜の塔が空を突き、光の橋が架かる、優雅で、美しい、魔法学園都市『マギア・ステラ』。
「ハヤト…? 何か、考え事?」
隣で、分厚い魔導書を読んでいた美咲が、そっと、顔を上げた。
彼女の、静かな問いかけが、俺の、記憶の扉を、開いた。
あれは、グレイピークへ向かう、さらに前のこと。
俺たちは、来るべき戦いに備え、古代魔導兵器に関する情報を求め、あの、マギア・ステラを、訪れていたのだ。
◇
マギア・ステラは、美しい街だった。
だが、俺たちの心には、その美しさを、ゆっくりと味わう余裕など、なかった。
俺たちは、真っ直ぐに、学園の中枢へと向かい、古代魔導兵器に対抗しうる、伝説級の魔法について、尋ねた。
学園の誰もが、口を揃えて、同じ少女の名を、口にした。
『沈黙の天才』、ルナ。
そして、彼女が、過去の事故により、心を閉ざし、自らの最強の攻撃魔法を、『封印』している、という事実も。
俺たちは、大図書館の、一番奥で、彼女を見つけた。
本の山に埋もれる、小さな、銀髪の少女。
その姿は、あまりにも、か弱く、そして、孤独に見えた。
俺は、「勇者」として、彼女に、話しかけた。
世界の危機を説き、人々が、彼女の力を、必要としているのだ、と。
「ルナと聞いた。我々は、勇者一行だ。魔王を倒すため、君の力が、どうしても、必要なんだ。どうか、力を貸してくれ」
俺の、必死の、そして、今思えば、あまりにも、独りよがりな言葉。
彼女は、顔を上げることさえ、しなかった。
ただ、その身の周りに、静かで、しかし、絶対的な、拒絶の壁を、作り上げただけだった。
「なんだと、てめえ! 勇者様が、直々に、頭を下げて、頼んでるんだぞ!」
ダイキが、激昂した。
「待って、ダイキ。彼女には、何か、深い事情があるのかもしれないわ。論理的に、説得を…」
アヤカが、冷静に、彼女に語りかけた。
だが、全ての言葉は、その、見えない壁に、虚しく、吸い込まれていった。
俺は、早々に、見切りをつけた。
「……時間の、無駄だ」
俺の、冷たい声に、ダイキも、アヤカも、押し黙る。
「彼女に、構うな。俺たちは、この図書館の、古文書を探す。古代魔導兵器の弱点と、それに対抗しうる魔法の情報を、俺たち自身の力で、見つけ出すんだ」
俺には、時間がなかった。
世界が、俺たちを、待っている。
たった一人の、少女の、心の傷に、寄り添っている、余裕など、ない。
そう、自分に、言い聞かせた。
それは、リーダーとして、そして、「勇者」として、正しい判断だと、信じていた。
俺たちは、その、頑なな少女に、背を向けた。
その時だった。
「……待って、ハヤト」
美咲が、俺の、ローブの袖を、引いた。
彼女は、俺ではなく、本の山の中で、小さく、うずくまる、ルナの背中を、じっと、見つめていた。
「あの子…。何か、とても、深い悲しみを、抱えている顔だった。まるで、心が、ずっと、凍てついたまま、時が、止まってしまった、みたいな…」
その声は、痛いほどの、共感に、満ちていた。
「本当に、このままで、いいの…? 私たちが、探している答えは、きっと、あの子の、心の中にしか、ない気がする…」
俺は、そんな美咲の、優しさが、少しだけ、もどかしかった。
「……俺たちに、感傷に浸っている、時間はないんだ、美咲」
俺は、彼女の目を、見ずに、言った。
「世界が、俺たちを、待っているんだ」
俺は、美咲の、小さな手を、振り払うようにして、書庫の、さらに奥へと、歩を進めた。
その時の、彼女の、悲しそうな顔を、俺は、今も、忘れることができない。
結局、俺たちは、数日をかけて、図書館の、膨大な古文書を、調べ尽くした。
そして、いくつかの、断片的な情報と、『天墜ちる、星々の涙(ティアーズ・ノヴァ)』という、ルナが封印したとされる、伝説の魔法の名前だけを、手に入れた。
だが、その、魔法の本質も、封印を解く方法も、何一つ、分からなかった。
俺たちは、不完全な「情報」だけを手に、マギア・ステラを、後にしたのだ。
◇
「……ハヤト?」
美咲の、心配そうな声で、俺は、思考の海から、現実へと、引き戻された。
焚き火の炎が、パチリ、と、音を立てて、はぜる。
「ううん、何でもない。少し、昔のことを、思い出していただけだ」
俺は、そう言って、誤魔化すように、笑った。
だが、心の奥底で、小さな、棘が、チクリと、痛んだ。
もし、あの時。
俺が、もう少しだけ、立ち止まっていたら。
美咲の言う通り、彼女の、心の扉を、叩き続けていたら。
俺たちは、何か、違う「真実」に、たどり着くことが、できていたのだろうか。
リク、という、あの、破天荒な男なら。
あんな時、一体、どうしたのだろうか。
きっと、俺のように、早々に見切りをつけたりは、しなかったに違いない。
くだらない冗談でも言いながら、一日中、あの、結界の前で、ピクニックでも、広げていたのかもしれない。
そんな、馬鹿げた想像が、頭をよぎり、俺は、自嘲するように、鼻で笑った。
ありえない。そんな、無駄なこと。
俺には、そんな、時間も、心の余裕も、ないのだから。
俺は、思考を、振り払うように、立ち上がった。
そして、東の、夜空を見据えた。
そこには、魔王軍の、不吉な赤い星が、輝いている。
そうだ。俺の、見るべき場所は、過去でも、IFの世界でもない。
ただ、前だけだ。
悪を滅ぼし、世界を救う。
その、一点だけを、見据えて、進むしかないのだ。
たとえ、その道中で、何か、大切なものを、取りこぼしていくことになった、としても。
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