第8話 掌編・『夢の夏、夏の夢』


  私は初老の、すっかり禿げ上がってしまっているしがないサラリーマンで、友人もなく、妻にも先立たれました。

 都会の片隅の安アパートで、孤独に、テレビだけを楽しみにして生きている次第です。

 

 「うつ病ではないか」と、気分が塞ぐので心療内科を受診すると、「初老期性うつ病」で、少し認知症気味とも言われ、薬をもらいました。


 オンナの先生で、美女。 私の人生には縁のないタイプです。

が、魅力的な笑顔で、気さくに熱心に話してくれて、やっぱり精神科医は心の病気の人に慣れていて、癒しのプロなんだな?と、信頼できる、心強い理解者を得た、そういう思いになりました。


 「平野さん、夢は見ますか? 夢にはいろいろな心の葛藤があらわれます。 気になる、よく見る夢があれば教えてもらえるかしら? 気分が滅入る理由がわかるかも」


 「そうですね、よく夢は見ますよ。 夢を見たり、空想的なマンガとかテレビも好きです。 現実逃避かな? ハハハ」

 なんとなく若いオンナと話せて有頂天になり、燥いで、いろいろ余計なことをしゃべったりしました。 本当は私にはかなり好色なところがあります…


 「そうそう、気になるのはね、ときどき、ぜんぜん見た覚えのない、だけどすごく懐かしくて可愛い、純真な感じの少女が出てくるんです。 夢の中にだけね。 ホントに夢みたいに可愛らしくて、食べちゃいたくなります。 佐川君じゃないけどね? あ、これは古いか、ハハハ」


「誰かに似てますか? 初恋の人とか?」

「う~ん? 特定の人というんじゃなくて、まあ理想的に好きなタイプではありますね。 女房にもちょっと似てます。 なんとなくキツネっぽい感じというか」


 「キツネっぽい方がお好きなんですか? うふふ。 女狐に誑かされたい願望かしら? マゾ願望とか」

 「なるほど。 さすが鋭いですね! 専門家だなー」

 「冗談よ。 馬鹿ねえ。」

 「あはは」


 センセイと私はすっかり打ち解けて、百年の知己のごとくに談笑していました。


<続く>

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