雷帝JK
無録筆
第1話 探索者のヒサメさん
ざらついた質感の灰色の壁。
壁と床が一体となっているような、均一に削られた直線的な壁面。
つなぎ目など一切ない閉じられた空間は、明かりもないのにまるで白昼の道路でも歩いているかのように明るかった。
ダンジョンだ。
20年ほど前にあった世界の急激な変化と共に、世界各地に現れた異空間としか言いようのない場所。
まるで創作の中の世界。
魔力が存在し、覚醒者というそれを扱えるものが一定数出現し、まさしく剣と魔法のファンタジー創作もののように、覚醒者となった人々は武器を手にしてダンジョンへと挑み、魔物と戦う世界。
今はもうその夢物語となった世界に生まれ落ちた人たちが世に出てきている頃合いだ。
魔法などなく、科学こそが絶対だと言われていた世代を知らない者たち。
かつてプロスポーツ選手に憧れる人がいたように、英雄的な強さを持った人物に憧れる時代。
勇者の如き活躍を見せたもの、伝説の魔法使いのような姿を見せたもの、刀一本で成り上がって見せたもの。
黎明の時にはそんな傑物が現れて、その残り香を追って歩く人々の時代こそが、現代だ。
このダンジョンの中を悠々と歩く1人の少女も、まさしく次世代を感じさせるものだった。
まさしく、次代、だろう。かつての世界であれば、こんな若者が危険な場所を歩くことなど絶対に推奨されなかった。
わずかに発光している藍色の髪に、青い瞳。
ノースリーブタイプの白いセーラー服には、青いセーラーカラーとその下から延びる肩から少し下を隠す程度の青いケープが纏われている。
彼女の腰にはベルトが巻かれ、複数のポーチと共に、一振りの刀。
そんな彼女の周りではわずかに赤い風が揺らめき、ケープや短い青のスカートがひらひらと揺らめいていた。
どこかの学校の制服姿の小柄な少女は、
覚醒者であり、ソロでの探索を続ける探索者だ。
そんな彼女の背後には、わずかに発光するもやの上に乗る形で浮いているリンゴほどの大きさの球体があった。
1つ大きめのレンズがついた球体だ。
これは高濃度の魔力が満ちる場所であるダンジョンで使用する前提で作られている、配信用の機材。
なのでヒサメは現在の様子を探索者専用のプラットフォームで配信を行っている。とある目的のために垂れ流す形の配信なので、「配信者系」の者たちとは、配信に対する姿勢が全く異なるが。
その配信にどの程度の人がいるのかと言えば、全然人はいない。見事に閑古鳥が鳴いているし、心無い言葉がコメント欄に残っていたりもするありさまだった。
「あら? また色の違うゴブリンですね。……なにやら、今日は少し妙な感じがします」
ひとり呟きながら、ヒサメは指先から青い電流を飛ばして仕留めていた。
違う色のゴブリンと口にした通り、ヒサメによって倒されたのは緑ではなく、黒い体表のゴブリンだった。
いつもとは雰囲気が異なるし、多少の違和感がある。そんなことを口にしながら進むヒサメの配信のコメント欄に少しの動きがあった。
『:なんか映像荒いね。使用機材乗ってるけど、ほんとにそれ使ってるんか?』
『:使ってないだろ。あの機材はこんなひどい映像にならない。そもそも未成年探索者程度が買える値段じゃないわ』
『:さすがにこれはフェイク動画にしてもひどい。戦闘するたびにさらに映像乱れるとか、偽物使うにしても露骨すぎる』
『:フェイク動画とか言ってるやつまだいたのか』
『:普通に強いだけだと思うんだけどなあ、この子。青白いビームも微妙に雷とかに見えなくもないし……』
『:それはない。お前あの配信機材いくらすると思ってんだよ。普通に電磁系の耐性もあるやつだが?』
『:配信にケチ付けといてなんだが、なんでそんな文句言うくせにおまえらはここにいんの?』
『:パンチラ以外に理由あると思うか?』
『:あ、はい。なぜかこの子常にケープとかスカートゆらゆらしてるもんね』
なんというか、酷い。
そんなことを言われればヒサメが心を痛め……るなんてことはない。
そもそもヒサメは、ダンジョン内で魔物を間引く様子を映像化していれば探索者協会から報酬がもらえるから、このダンジョン配信をずっと続けているだけだった。
「Dライバー」という配信者系探索者もいるが、ヒサメは報酬目当てに配信もやってるだけの探索者。
なのでやっぱり彼女はその酷いコメントに反応することもなかった。
そもそも見てさえいないようだが。
「……先ほどから魔力の大きな揺らぎがありますね。この先――――」
でしょうか、と続けようとしたところで、若い女性のものだろう劈くような悲鳴が聞こえてきた。
ちょっとだけ強い魔物の気配。このダンジョンには少々ふさわしくないそれに、ヒサメの体に少しだけ青い電気が帯びた。
バチバチとわずかにはじけるそれに合わせるように、さらに配信の映像が乱れ、さすがに見てられる品質ではないと人が減っていく。
それを気にせずヒサメは歩き、目を細めて悲鳴の元へと向かって行った。
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