芽生え
すれ違い様に暴言を吐くまでは
確かに彼女は私のお姫様だったのだ
ゆるふわの髪がフローラルに靡く
くすくすとちいちゃな笑い声はバニラの香りがして
ラメ入りのコームで前髪を撫で付けて
女の子を想像してと言われたら
大抵の人は彼女を思い浮かべるような
余った袖先をピンクの指先で弄ぶ
リスだのチワワだのウサギだの
ともかくそういう類いの生き物だったのだ
今考えてみれば何て徹底した役作りだろうと
感心するばかりなのだけれど
十代の私にとっては紛れもなく本物だったのだ
さて冒頭に戻る
先ずもって前提としておかなければならないが
彼女と私に直接の面識はなかった
単に同学年というだけでクラスも違う
すれ違うこともそうはなかった
まごうことなき他人である
夏が終わり秋を迎えようとする頃
未だ夏服の私と既に中間服の彼女はすれ違った
さっさと死ねよ
という暴言が秋風にのって
彼女の甘い香りと混ざり合う
もちろん私は狼狽した
廊下には私と彼女しかいない
彼女の甘ったるい暴言をきいたものは私しかいない
何事も無かったかのように颯爽と歩いていく背中を
凝視することも憚られ
ギコギコとぎこちなく歩き続ける他なかった
とことんお目出度い脳味噌である
実際思いもよらぬ相手から暴言を吐かれたので
若干の傷つきはあったものの
それを吹き飛ばす威力が確かにあった
鼻腔から暴言を吸ったのは
後にも先にもこの時だけである
ギコギコギコギコと
おそらくは両手両足が揃っていたであろう行進は
教室の隅にある一脚分の根城に戻るまで続いた
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