妄想1 蛙卵僧侶

第2話 解剖

 廊下を歩く私たち。

「そういえば今日、今日カエルの解剖だ」

「わー……やだ。行くのやめよっかな」

 言った頃にはすでに教室の前まで来ていた。

ちょっと遅刻だった。

遅れたせいで一緒の組にされた。

「遅れたせいでペアにされた」

「ペアになってよかったね」

 来ないものと思われたのか、うちらの隣の席の人同士でペアになってた。

 二人で一番後ろの空いてる席に座る。

「じゃ、ペアで一匹ずつ取って行って」

 先生が発砲スチロールの箱を開ける。

 近くの席の生徒が覗き込んで

「うわー」

 と声を上げる。

 生物のクラスは女子多めで、皆こそこそ「やだねー」とかうちらと同じように言ってる。

「そんなに嫌がったら、カエルに失礼ですよ。ありがたく、命を頂戴するんですから」

 そんな武士みたいな言い方……でもまあ、命に失礼なのは確かかも。

「うわーーー!!!!」

 そう言ってすぐ、ペアの男子にカエルを見せられた湾田君──少ない男子生徒の一人だ──が悲鳴を上げる。

 結構物静かな印象だけど、カエルが苦手らしい。

 なんか、こんなに皆キャーキャー言ってると、余計に苦手意識がわいてくるな。

「星野さん持ってきて」

「やだよ富良野行ってよ」

「初めて呼び捨てにされた」

「富良野ババア」

「小学生か。ジャンケン──」

 私が負けた。

「うっ……」

 フラスコの中で、黒い大きな目をきょろきょろさせるカエル。

 勝手に無垢な瞳だなと思う。

「名前つけよ」

 席まで持ってきて、テーブルの上にそっと置く。

「絶対付けない方が良い奴じゃん」

「じゃあ、星野と富良野を一文字ずつ取ってノノにしよう」

「わー、地味に愛着の湧いてくるやな付け方」

「よろしくねノノちゃん」


「おはよう富良野さん」

「……おはよう」

 生物のあとは数学で、解剖で謎に精神的に疲れたのもあって──

 まあいつも寝るんだけど、寝てた。

「ん……」

 机の上で背中を伸ばす。

「猫みたいでしょ」

「猫みたいとは、おこがましい」

「で、何?」

 まだ人生で二回目の、華久良が私の席まで来てくれること。

「何って……」

 宙を向いて口ごもる。

 少し頬を赤らめて──

「一緒にご飯食べ行こ」

 さっきの解剖で大分仲良くなったと思うのに、

 まだ昼休みに誘うのが恥ずかしいなんて──

「かわいー。告白されんのかと思った」

「まだ早い」

「……」

「冗談だから、固まらないで」

「胸触っていい?」

「それはどういう流れなの?」

「何となく触りたくなったから」

 愛おしい。

「いいけど」

 真顔で腕を広げる華久良。

「いいんだ」

 謎。

「後ろからがいい」

「はい」

 腕を広げたままプロペラみたいに回転する。

 細い背中、脇の下から腕を回す。

「おー」

「じゃあ、行こ?」

 髪を揺らして振り向く。

「私来るとき、パン買って来たんだよね」

「帰って食べろ」

「太っちゃう」

 腕を引っ張られて、食堂に連れていかれる。

「なんかノノちゃんのこと思い出しそう」

 せめて数学挟んで良かった。

 解剖直後の昼ご飯はキツイ。

「あー……ノノちゃん」

 華久良も思い出したらしい。

 ちょっと涙目だ。

「泣いてんの?」

「富良野が名前なんか付けたから……」

 また富良野言われた。

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