第12話 海賊の宝探し

ツールの町では、いよいよ「風詠の宴」が幕を開けた。


そこかしこに音楽があふれ、人々の熱気が立ち昇る中、ケイレブはいつも通り仕事へと向かう。今は、町でも評判のパン屋で働いている。手の込んだパンや焼き菓子が並ぶその店は、地元で知らない者はいない。


中でも、この祭りの時期にだけ焼かれる「船乗りの黒パン」は特別な一品だ。


ナッツやドライフルーツがたっぷりと練り込まれた黒パンは、本来は船旅の保存食だが、祭りでは甘くアレンジされ、贅沢な味わいに仕上げられていた。


ケイレブが一度、焼きたてを持ち帰ってくれたが、その味は確かに絶品だった。エマとオスカーは競うようにして、夢中で口に運んでいた。


味の評判もさることながら、「ケイレブのパン屋」は別の意味でも賑わっていた。今朝も、ケイレブとおそろいのエプロンをつけた若い女性たちが、店の前にずらりと列をなしている。 




サイラスは、エマとヨムトが参加する「海賊の宝探し」を見守る役目だ。


マグナスと出会って以来、サイラスは波動をかすかに感じ取れるようになっていたが、こうして人があふれる場所では、波動を掴むのは難しい。


まだその力は不安定で、自分の意思で制御するには程遠いままだった。




中央の広場では、鐘の音が鳴り響くのを今か今かと待ちわびていた子どもたちが、一斉に歓声を上げた。


「今年の海賊の地図だ!」


赤い帽子をかぶった案内係の青年が、噴水の前で地図を配り始める。片手に抱えたかごの中には、色とりどりの紙がぎっしりと詰まっていた。


子どもたちは競うように地図を受け取り、飛び跳ねながら広場を駆け出していく。エマとヨムトも一枚の地図を受け取ると、頭を寄せ合って食い入るように見つめた。


その地図は、まるで絵本のようにかわいらしいものだった。風車やパン屋、魚の模様が並ぶ小道など、町の様子がわかりやすく絵で描かれている。


とりわけ目を引くのは、地図の左上に描かれた「ティル・マーレ」(海の母)だ。



地図を見ていたヨムトが、さもお手上げだと言わんばかりにサイラスに聞いてきた。


「サイラス、この文字、何て読むんだ?」


地図の真ん中に、小さく書かれた青い文字を指差している。


ヨムトは、どうやら読み書きが苦手なようだ。レイジンには「字を覚えろ」と口酸っぱく言われているが、「漁師になるから必要ない」と答えるばかりで、なかなか真剣に学ぼうとしない。

 


横から地図を見ていたエマが、代わりに答える。


「うーんと、それは、『くるり…とみると…あ、ま、い…かけら』って書いてある」

「……どういう意味だよ、それ……。サイラス、ヒントくれよ」


見守るだけと決めていたサイラスだったが、頭をひねってばかりの二人を見かねて、仕方なくヒントを出してやった。


「ほら、『くるりとみると』って書いてあるだろう? 地図をくるりとひっくり返して見てみたらいいんじゃないか?」

「なるほどな!やっぱりサイラスは長く生きてるだけあるなぁ。知恵がある!」


ヨムトは、妙なところに感心している。



サイラスのヒントを手がかりに、パン屋の裏にある樽の中に、クッキー入りの袋を見つけた。


樽の中には、いくつもの袋が置かれていたが、取っていいのは一人につきひとつまでと決まっている。子どもたちは、そのルールをしっかりと守っていた。


「やったな、エマ! 美味しそうなクッキーだぞ!」


ヨムトは誇らしそうに、エマにクッキーを手渡した。



地図には、逆さまに書かれた文字や動物の足跡、旗の数などを使ったヒントが巧みに散りばめられていた。サイラスは、その地図をじっと眺め、思わず感心する。


この地図を読み解くには、ある程度の読み書きや数の知識が必要だ。ツールは漁師の町だ。ともすれば、学びは後回しにされるだろう。


だが領主は、こうして遊びの中に学びの芽を仕込んでいるのかもしれない。字が読め、数がわかれば、ほかの子より多くの宝を見つけられるのだ。


エマとヨムトは次第に慣れていき、ヒントを読み解きながら、おもちゃやお菓子を手に入れていく。


町のあちらこちらで、子どもたちの歓声が上がっているところをみると、ほかの子どもたちもいくつか手にしているのだろう。



毎年、もっとも大きな「海賊の宝」は、ティル・マーレにまつわる謎を解いた者に贈られる。それは、「船乗り競技大会」で優勝した者にトロフィーを手渡すという—「名誉ある役目」だ。


船乗りの町、ツールでは、勇ましい船乗りは称賛の的だ。ましてや大会優勝者は、力ある船乗りの証でもある。子どもたちからの尊敬の眼差しは、熱い。


その優勝者にトロフィーを手渡すことができるのだから、子どもたちが血眼になって「最後の宝」を探し求めるのも無理からぬことだった。


ただ、この最後の難題だけは、何度も「宝探し」を経験してきた年長の子どもでなければ、そう簡単には解けない。



疲れを見せない二人のうしろから、サイラスは岬の先端に建つティル・マーレまで歩みを進めた。



——ティル・マーレ(海の母)



今でこそ、船乗りの守り神として知られる女神像だが、いつ、どのような目的で造られたのかよく分かっていない。


近くで見ると、その圧倒的な大きさに息をのんだ。


遠目には石でできているように見えたが、実物を触ってみると、それが石なのか金属なのかも分からない。ただ、長年にわたり潮風に晒されてきたはずなのに、その表面には剥がれた跡すら見当たらないのは不思議だった。



ティル・マーレが「宝探し」に使われるのは、その台座に刻まれた数字が理由だった。そこには、「0」と「1」の数字がびっしりと刻まれている。



01010010 01100101 01110100 01110101 01110010 01101110

01101001 01110011 00100000 01100001 01110100



まるで暗号のような数字の列は、さらに台座の裏側まで延々と刻まれていた。



「……なんだ、これ?」


ヨムトが眉をひそめる。サイラスも、見たことのない数字の羅列に戸惑っていた。


ヨムトはなんとか最大の謎を解こうと、指を使って数を足したり引いたりしていたが、その答えは見当もつかないようだった。



ヨムトの横で、その無機質に並ぶ数の羅列をじっと見つめていたエマは、やがて小さな声で呟いた。



「……か、え、る…は………き、た、の…はて」



サイラスとヨムトは、ぎょっとしてエマを見た。


「エマ! これが、読めるのか?」

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