第32話 魔族の最後

 俺の振るった拳が、すぱんっと良い音をたてながら、魔族の頭部へと突き刺さる。


 拳がその顔面にめり込む直前、魔族が驚愕の表情を浮かべたのがわかった。


 それというも、真っ黒なそれが人の形をとっていたからだ。


 のめり込んでいく拳の感触で、魔族の本体らしきこれも、どうやらこの空間を目隠ししていた魔族の闇とやらと本質的には同じ素材なのだとわかる。


 ──ああ、それでこんなに焦ってたのか。魔族の闇を突き抜け四散させた攻撃なら、自分へもダメージになると魔族は考えたんだな。


 拳を振り抜きながら、ウムウムと俺は納得するのだった。


 実際、俺な拳が通り過ぎたあとの魔族の体は沸々と沸騰するかのような挙動を見せたあとに蒸発するように消えてしまう。


「ふー。さてさて、厄介なのはこっちだ。どうしたもんか」


 俺は拳を振り切ったあとの残心を解くと、ゆっくりともうひとつの存在に向き直る。


 そう、怪しげな器具が取りつけられた元戦姫シエラレーゼだ。


「アニキっ」「カジュ!」「カジュ様──」


 俺が近づき過ぎないように慎重に観察していると、アリシアさんたちの声がする。


「ああ、三人とも。まだ、少し離れていた方が良いかも?」

「アニキつ、魔族は!?」

「倒した、と思う。手応えは十分にあったから。ただ、完全に消えちゃったんだよね」

「い、一撃で、ですかい?」

「そうだね」


 俺の返事に、なぜかアリシアさんが頭を抱えてため息をついている。


「はぁ──。ローラ、私は頭が痛いです」

「あ、アリシアねえ様。気を確かに……」


 そんなアリシアさんを労るローラさん。

 俺はどういうこと、とハールーガスに目線で尋ねる。


 しかし残念なことに、ハールーガスはガハガハ笑うばかりで、俺の視線による問いかけはうまく伝わらなかった。


 ──そうだった。こういうのは無理なやつだよね。うんうん。仕方ない。よくわからないけどあとでアリシアさんに叱られるときに確認しよう。


 俺はそう、潔く覚悟を決める。


「とりあえず、魔族のことはおいおいで。でさ、これ、相当まずそうなんだ──」


 俺の指差す先を見る三人。

 変わり果てた姿に、アリシアさんも最初はなんだこれといった不思議そうな顔をしていた。しかし、すぐにその正体に気がついたようだ。


「こちらはもしかして……元戦姫シエラレーゼ様!?」

「ひ……」


 そのアリシアさんの背中に隠れるローラさん。相変わらず苦手なのだろう。


「戦姫シエラレーゼといえば、Aランク随一のべっぴんだとか噂は聞いたっすが……これがですかい、アリシアの姉御?」

「ハールーガス様。元戦姫、です」

「こまけえことは……」

「元、戦、姫、です」

「──へぇ」


「そうそう、そんな名前だったよね。でさ、この二つの器具はなんだと思う? 俺の危機察知能力だと、特に厄介そうなのはこっちの腹部についてる方っぽいんだけど……」


 俺の質問に顔を見合わせる三人。どうやら三人とも見当がつかない様子だ。

 その時だった。


 どくどくと波打つように稼働していた怪しい器具の動きが、急に止まる。


 次の瞬間だった。


 元戦姫シエラレーゼが、叫び始める。

 それはまるで、獣のような叫び声だった。

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