第20話 ヒーロー戦隊、ここに集結!

 絶望的な咆哮が、渓谷の支配者たる者の威厳を轟かせていた。

 マザー・ワイバーンの巨体から放たれた灼熱のブレスは、今までとは比較にならない熱量と範囲を誇り、俺たちの足元の岩肌を、バターのようにたやすく溶解させていく。その熱波だけで、肌が焼けるようだ。


「くっ……!」


 タンポポの盾は、その一撃を受け止めるたびに、悲鳴のような金属音を上げて激しく振動し、彼女自身も後退させられる。その衝撃は、見ているこちらにも伝わるほどだ。

 アオイの魔法も、分厚い鱗にはほとんど効果がなく、ただ魔力を浪費するだけになっていた。

 俺がアークレッドの力で隙を突いて攻撃を仕掛けるも、その刃が鱗に届く前に、強靭な尻尾の一撃で弾き返される。


 強い。次元が違う。これが、高ランクの冒険者が、万全の状態で挑むべき相手。疲弊した俺たちでは、ジリジリと、しかし確実に、死の淵へと追い詰められていた。

 崖の上では、Aランクパーティ「黄金の獅子団」が、完全に戦意を喪失し、恐怖に震えているだけだった。もはや、彼らに助けを期待することはできない。


(ここまで、なのか……! 理想のヒーローになるために、この世界に来て……最高の仲間と出会えたのに、俺のプロデュースは、ここで、終わるのか……!)


 俺が、マザー・ワイバーンの次なる一撃をくらい、大きく吹き飛ばされ、地面を転がった、その瞬間だった。


「――まだ、終わらせないわ!!」


 渓谷に響き渡ったのは、今までのような、だらけきった声ではない。凛とした、聖なる光を宿した、本物の神官の声だった。


 崖の上から、ピンク色の髪を美しくなびかせ、モモが戦場に舞い降りる。その身からは、清浄な魔力が溢れ出し、彼女の瞳は、全盛期の輝きを取り戻していた。彼女が杖を掲げると、温かい光が俺たち三人を包み込む。


「光よ、傷つきし者に、大いなる癒しを!【グレート・ヒール】!」


 体の痛みが、疲労が、嘘のように消えていく。それどころか、力が漲ってくるのが分かった。これが、Aランクパーティを支えた、本物のヒーラーの力。


「モモさん……!」

「……礼は、後で聞くわ。今は、目の前の敵に集中しなさい」


 彼女は、俺の隣に並び立つ。

 レッド、イエロー、ブルー、そして、覚醒したピンク。

 ついに、四人のヒーローが、マザー・ワイバーンの前に立ちはだかる。

 だが、それでも、この強大な敵を倒すには、何かが足りない。通常攻撃では、いずれまたジリ貧になるだけだ。

 俺は、この状況を打破する唯一の手段として、最後の切り札に手を伸ばすことを決意した。


 俺は、腰のアークドライバーにセットされていたUSB②(青)を、迷いなく引き抜いた。

 そして、懐から、あの禍々しい漆黒のUSB①を取り出す。


 俺は、USB①をドライバーに突き刺した。


 『CHANGE! DARKNESS MODE!』


 不気味なシステムボイスと共に、俺の装甲の一部が、禍々しい紋様を浮かび上がらせながら黒く変色する。


「みんな、俺に力を貸してくれ!」


 俺は、仲間たちに向かって叫んだ。


「未だ効果不明の、封印していたスキルだ。だが、これしか手はない! 俺を信じて、ありったけの力を俺に注ぎ込んでくれ!」


 その言葉に、仲間たちは、それぞれの思いで頷いた。


「はいですー!」と、タンポポが真っ直ぐな瞳で駆け寄る。

「……正気!? でも、もうこれしかないのね!」と、アオイが覚悟を決めて杖を構える。

「……ええ。あなたの『ヒーロー』、信じてみるわ」と、モモが力強く微笑んだ。


 俺が前面に立ち、両掌をマザー・ワイバーンに向ける。アオイ、タンポポ、モモが、俺の背中を支えるように立ち、それぞれの魔力を、俺へと注ぎ込む。

 禍々しい魔王の力が、アオイの知性、タンポポの不動、そして、モモの慈愛の光と混じり合い、その性質を変えていく。渦巻く漆黒のエネルギーが、七色の、神々しいほどの光の奔流へと、浄化され、昇華していく。


 俺は、その莫大なエネルギーを制御しながら、高らかに、その技の名を叫んだ。


「いけええええッ! 魔王の絆砲キングズ・ユナイト!!」


 放たれた光の奔流が、マザー・ワイバーンの絶叫ごと、その存在を完全に飲み込み、世界から消滅させた。


 後には、静寂と、渓谷に差し込み始めた、朝日の光だけが残った。



 ◆



 疲労困憊で、その場に座り込む四人。その顔には、確かな達成感と、生まれたばかりの、しかし、何よりも強い絆があった。


 俺は、目の前に立つ、三人の仲間を見つめる。レッド、イエロー、ブルー……そして、ピンク。四つの色が、今、ここに揃った。

 俺の脳裏に、今までで最も鮮明な、未来のビジョンが浮かび上がる。


「――『アーク戦隊』、ここに結成だ」


 俺のその呟きは、朝日の中に、確かに吸い込まれていった。

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