第8話 ヒーロー、三人で初めての共闘

 目の前の少女の、あまりに卑屈な要求に、俺は一瞬、思考が停止した。

 この状況を単独で覆せる、戦略級の魔法の使い手が。その対価として求めたのは、Eランク任務の報酬の一部ですらなく、当座をしのぐための、わずかな生活費。


 ……プライドと、現実の困窮。その歪なバランスの上で、彼女は立っている。


 プロデューサーとしての俺の頭脳が、即座に最適解を弾き出す。最高のチームを作るには、最高の素材に、最高の敬意と対価を払うべきだ。不当な買い叩きは、必ず後でチームの歪みとなる。


「その条件では、君を雇うことはできない」


 俺が、きっぱりとそう告げると、アオイの顔からサッと血の気が引いた。


「な、なんですって!? 安すぎたっていうの!? わ、私だって、これでも……じゃ、じゃあ……」

「逆だ。安すぎる」

「……は?」


 俺は、呆然とする彼女に、はっきりと言い渡した。


「報酬は、きっちり三等分。それが、君のスキルに対する正当な評価だ。これは施しじゃない。君のプライドを尊重した上での、プロとしてのビジネス契約だ」

「ひ、人を馬鹿にしてるの!? 私が誰かの同情を引いて、施しを受けるとでも思ってるわけ!?」


 案の定、彼女は激しく反発した。プライドが邪魔をして、俺の提案を素直に受け取れないのだ。


「いいや、これは君の実力への投資だ。俺は、君という最高の戦力を、正当な対価でチームに迎え入れたい。それだけだ」


 俺が冷静にそう言うと、横からタンポポが「三人で分けるなら、お肉も三倍ですかー?」と、呑気な声を上げた。その気の抜けた一言が、張り詰めた空気を少しだけ和らげる。

 アオイは、しばらく顔を真っ赤にして何か言いたそうにしていたが、やがて、観念したように小さな声で呟いた。


「……わ、分かったわよ! あなたが、そこまで言うなら……仕方なく、対等な仲間として、協力してあげるわ……!」


 こうして、世界で一番面倒くさい契約交渉の末に、俺たちの三人体制のパーティは、正式に活動を開始した。



 ◆



「アオイは後方から魔法支援! タンポポは俺の前に立って、敵の攻撃を全て防いでくれ!」


 戦闘再開。俺の指示通り、完璧なフォーメーションが組まれる。

 タンポポが鉄壁の要塞と化し、アオイがその後ろから、的確にスライムを蒸発させていく。実力は、本物だ。……口を開きさえしなければ。


「ちょっと! また一体だけじゃない! もっと敵をまとめなさいよ、魔力の無駄遣いだわ!」

「今の【小火球】で、今日の夕食のパンを我慢しないといけなくなったわ……」


 一発撃つたびに、コストとリターンに関する文句が飛んでくる。この魔法使い、あまりにも燃費にうるさすぎる。


 そして、地下水路の最も開けた場所で、俺たちは一際大きな個体――【マザー・スライム】に遭遇した。

 俺の指示より先に、アオイが悲鳴のような声を上げた。


「冗談じゃないわ! あんなのを相手にしたら、【小火球】じゃ時間がかかりすぎる! かと言って、【火球ファイアボール】なんて使ったら、消費MPは【小火球】の5倍よ!? コストパフォーマンスってものを考えなさい!」


 ……やはり、拒否された。だが、想定内だ。

 プロデューサーの仕事は、最高の素材を、最高の形で輝かせること。俺は、アオイという気難しい兵器の、最適な運用マニュアルを、この場で作り上げることを決意した。


「タンポポ、あいつをあの壁際まで誘導してくれ!」

「はいですー!」


 俺は壁に設置された古い「油カンテラ」を指差す。タンポポが盾で巧みにマザー・スライムの進路を塞ぎ、見事にカンテラの真下へと追い詰めた。俺はすかさずそのカンテラを蹴り飛ばし、マザー・スライムを油まみれにする。


「アオイ、今だ! これなら、お望みの最小コストで、最大効果が出せるだろう!」

「……ちっ、仕方ないわね!」


 完璧なお膳立てに、アオイは悪態をつきながらも、杖を構える。放たれた【小火球】が油に引火し、マザー・スライムは業火に包まれ、断末魔の叫びもなく消滅した。



(完璧だ! 鉄壁のイエローが前線で敵を食い止め、冷静沈着なブルーが後方から正確無比な攻撃で敵を削る! そして、司令塔であるレッドの俺が、好機を読んで突撃する! これぞ、ヒーロー戦隊の王道フォーメーションだ!)



 戦闘後、アオイは疲労困憊で座り込みながらも、俺を見て、ぽつりと言った。


「……脳筋のくせに、少しは頭も働くのね」


 それは、彼女なりの、最大限の賛辞だったのかもしれない。

 俺が、この癖の強い仲間たちとの共闘に、確かな手応えを感じていた、その時だった。俺はあることを思いつき、消滅しかけているマザー・スライムのコアに近づいた。


(物理攻撃が効かない相手……。このスライムの体は、それ自体が最高の防御だ。ヒーローの姿としては、カッコ悪い。だが、戦略的な価値は計り知れない……!)


 俺は、最後の真っ白なUSBを取り出した。


「ちょ、ちょっと、あなた、何を……!?」


 アオイのいぶかしむ声も気にせず、俺はUSBをスライムの核に突き刺した。USBが青く、半透明な光を放ちながら、その性質を吸収していく。


 【変態:マザー・スライム を習得しました】


 これで、俺の戦術の幅はさらに広がった。


 ふと、スライムが消滅した地面に、何か硬質なものが残されているのに気づいた。拾い上げてみると、それは、不気味な魔力の染み跡がある、奇妙なデザインの金属片だった。

 これが、スライムの体内にあったもの……? 自然発生したモンスターが、こんなものを飲み込んでいるとは、到底思えなかった。


 俺は、新たな謎の欠片を握りしめる。

 頭痛の種になりそうな二人の仲間。そして、この街の地下に潜む、不穏な影。

 俺のヒーローとしての物語は、どうやら、退屈している暇はなさそうだ。

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