第四十九話 迷宮図書都市・メモリオンと、記憶を味わう料理書

「記憶を“味”で残すのが、わたしたち“記憶料理士”の役目です」


そう語ったのは、古書館の中で厨房を構える青年シアン・リビエル


ここ《メモリオン》では、食べることは“読む”ことでもある。

料理に封じられた記憶は、食べた瞬間に流れ込み、

- 昔の景色

- 大切な誰かとの言葉

- 決して忘れたくなかった涙の時間


――それらが、味覚に乗って“体験”として共有されるのだ。


アリシアは呟く。


「料理が本になる……? すごい、でも、怖い気もする……」


* * *


アリシアの前に出されたのは、

**《カマンベールと白ワインの記憶テリーヌ》**。


食べた瞬間――

“とある母親”の記憶が流れ込む。


・愛する息子を残して戦争へ送った夜

・最期に作った夕飯がこの料理だった

・「ママの味は、いつでもここにあるよ」と笑う少年の声


アリシアの目に、涙がこぼれる。


「これ……この味……お母さんの“想い出”なのね……」


だが、料理には“閲覧禁止”の記憶もある。

《黒封書》と呼ばれるそれは、

かつて誰かを殺し、誰かを裏切り、誰かを愛してしまった――

**決して他人に知られてはならない過去の記録**。


その《黒封書料理》に、ある男が手を伸ばす。

名前は《ジレ・モルフォ》――記憶の盗食者。


「この料理には、“王室追放”の真実が記されている……!

 お前だな、アリシア。“あの日の料理”を作ったのは」


* * *


《王室追放事件》――

それはアリシアが追われるきっかけとなった、

“毒が仕込まれた晩餐”の記憶。


彼女は知らずに作り、

誰かの策略で“毒入り”にされ、

罪を背負わされ、すべてを奪われた――


ジレは“その料理の記憶”を喰らおうとする。

だがアリシアは言った。


「その料理を、他人が勝手に食べるなんて、許さない」


「記憶ってね、味だけじゃダメなの。

 “想い”ごと、最後まで飲み込んだ人しか、語っちゃダメなのよ」


* * *


アリシアが出した料理は――

**《記憶封じのクロワッサン・エクリチュール》**


- 記憶を包む層は数百のパイ生地で保護

- 食べることで、記憶は“自己完結”し、他人には共有されない

- 心の整理が進んだときだけ、“本当の味”が姿を現す


ジレが手を伸ばすが、

クロワッサンは“彼”の前で砕けて消えた。


「この記憶、あなたにはまだ早すぎるのよ」


「……ならば、その料理人としての“真実”を証明してみせろ、アリシア!」


* * *


記憶を賭けた料理勝負が始まる。


ルールはひとつ――

**「相手の“心に残る味”で、記憶を書き換えられるか」**


アリシアが作ったのは、

**《未完のポトフ・レター》**

――どんな具材にも「空白の味」があり、食べた者の“想い出”が自動で染み込む料理。


ジレが口にした瞬間――

彼の脳裏に浮かぶのは、

かつてアリシアがまだ王宮の片隅で“優しく笑っていた”日の味。


「……こんな料理、俺は……知らないはずなのに……」


アリシアの一言。


「それが、“わたしの記憶”よ。

 料理には、見えない日々が詰まってるの」


* * *


《メモリオン》ではその日から、

「料理記録法」に“同意”と“解釈”の概念が導入された。


- 記憶料理は、ただの事実ではなく、“想い”を尊重する記録へ

- アリシアは“記憶を綴る料理人”として名を刻まれる


* * *


ライザが本を手に取る。


「……こんな世界もあんだな。“飯”が“本”になるなんてよ」


アリシアがウインク。


「わたしの料理、そろそろ図書館じゃなくて“心”に蔵書されてる頃ね♡」


次に向かうのは――

**“料理のにおいで幻覚を見せる”怪奇の香料都市アルマロッサ**!


「そこではね、においを嗅ぐだけで“幻の恋人”が現れたり、“過去のトラウマ”を見たり……

 もう、感覚がめちゃくちゃになっちゃうの♡」


「それ、飯の街じゃなくてオバケ屋敷やんけ……」


次回は、**嗅覚と幻覚が交錯する“香りと記憶”の怪奇料理編!**

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