第三十一話 戦場の食卓・パシフーと、癒やしを喰らう料理人たち
「お前、敵の兵士に飯を出すって正気かよ!?」
その叫び声とともに、アリシアは包丁を握り直した。
ここは、戦場と戦場の狭間にある中立地帯――**パシフー**。
かつて何度も戦火に巻き込まれながらも、
“料理で敵を癒やす”という伝統を守り続けてきた集落。
彼らの信条は、こうだ。
『憎しみは、塩ではなくスープで溶かす。』
「ここの料理人は、“銃”じゃなく“スプーン”で戦ってきたのね……♡」
アリシアは、その理念に共鳴していた。
* * *
アリシアの前に現れたのは、
パシフー最強の料理戦士、**ソワ・バルグ**。
「お前が噂の“美食令嬢”か。ならば問う……」
「**お前は、“敵”に何を食わせる?**」
「答えは、食べてもらうことでしか伝えられないわ」
* * *
料理試合の条件はただ一つ。
**敵対する兵士たちに、怒りを忘れさせる料理をふるまうこと。**
- 憎しみを緩和する“苦味のスープ”
- 疲弊した体に沁みる“出汁の炊き込みご飯”
- 無防備でも食べられる“手折れナイフパン”
- そして、最後のデザートに込める“希望の甘味”
「一口ごとに、敵意をほどいていくの……それが“戦場の料理人”の仕事よ」
アリシアの鍋は、戦場の中心で静かに沸いた。
* * *
最初の兵士が、一口スープを啜る。
「……な、なんだ、この苦味……」
「それは“怒り”の味。だけど、ちゃんと出汁の優しさも感じるでしょ?」
次にご飯。
「くそっ、こんなうまいもん食わせやがって……!」
「憎しみで歯を食いしばる暇があるなら、ご飯を噛みなさい♡」
最後に出されたのは、ほのかに甘い豆乳プリン。
その上には、砕いたナッツとミントの葉。
「これが……“希望”だと?」
「ええ。口にした瞬間、今日が終わる味よ」
* * *
兵士たちは箸を置き、ひとりが立ち上がった。
「俺は……戦う理由を忘れてしまった」
「敵にこんな味を知ってる奴がいるなんて、知らなかった……」
「――停戦を、提案する」
戦場が静まり返った。
アリシアはにっこりと笑う。
「食べるってね、“生きる”ことを選ぶってことなの」
「だから私は、料理で“戦い”を終わらせる♡」
* * *
ソワ・バルグはアリシアの前に膝をつき、静かに言った。
「お前は……料理で世界を変える、“火の女神”だ……」
「違うわ。私はただの令嬢よ。食べたいから、作ってるだけ♡」
「だが、その一皿で、何千人が武器を置いたと思う?」
ライザが隣でうなずく。
「さて、次はどこだ?」
「“味覚のない竜”が棲む洞窟。何を食べても“無味”に感じるの」
「グルメドラゴンか……また変なやつだな」
「ええ。でも、“何を食べても満たされない”って、ちょっと悲しいじゃない?」
「だから、“心を満たす一皿”で勝負してくるわ♡」
ふたりの背に、焚き火の匂いと、風の香りが舞っていた。
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