第二十六話 五感封印首都・シレンツィアと、無音のレストラン

「……静かすぎる」


アリシアが踏み入れたその街では、

靴音さえ反響する。

看板はなく、会話も禁止。

目には色彩フィルターがかけられ、

香りを発するものにはマスク装置が取り付けられていた。


「これが……五感を消されたシレンツィア……」


ライザの声も、小さく震えていた。


この都市では、“感覚の暴走”によってかつて暴動が起きたことから、

「感覚の完全沈黙政策」が採用されていた。


- 食事は栄養パックのみ

- 色彩は白・灰色の2色

- 音は発することを禁じられ

- 香りはすべて消臭

- 触覚に関しては、厚手の服によって遮断


「……料理を、感じることすら罪なんて」


アリシアは拳を握った。


* * *


街の中央には、

“無音食堂(レストラン・ミュート)”があった。


完全防音の中で、感覚遮断ヘルメットをかぶり、

白い液体の“栄養スープ”だけが配られる。


そこにアリシアは堂々と座る。


「……この場所、塩気も香りも、温度すら無い……」


だが、彼女は静かにテーブルに調理器具を並べはじめた。


持ち込んだのは、**音・香り・触感・彩り**を復元する五つの料理。


- 炊き立てご飯の“香り”

- パチパチ弾ける“焼き音”

- とろりと舌に絡む“温感”

- 鮮やかな“色彩ソース”

- そして、“愛される味”のスープ


「私が作るのは、“五感で喰らう料理”よ――!」


* * *


まず香り。

鍋から漂う**ゆずと白味噌の香気**が、抑圧された嗅覚を突き破る。


次に音。

鉄板の上で**ベーコンとたまご**が踊る。


じゅううぅぅ……!


その音に、涙を流す人がいた。


「……音が……料理の音が……美しい……」


アリシアは言う。


「それは、“命の奏でる音”よ♡」


色彩。

**カラフルなパプリカのマリネ**と、紫キャベツのピクルス。

視覚制御装置にエラーが起き、街に色が溢れはじめる。


「なんだこれは……綺麗だ……!」


触感。

ふわふわのフレンチトースト、冷たいヨーグルト、パリッとしたサラダ。


最後に味。

昆布と鶏の出汁を丁寧に重ねたスープを、

アリシアは差し出す。


「これは、“感覚の記憶”そのものよ――」


* * *


住民たちは、それを口にした。


そして、

五感が一斉に“目覚める”。


「熱い……美味しい……懐かしい……!」

「この味……母の手料理だ……」

「……あぁ……“人間”に戻れた気がする……!」


その瞬間――

街に“音楽”が鳴り響いた。


それは、五感のすべてが共鳴して奏でた、**“料理の旋律”**だった。


* * *


「……ありがとう……アリシア様……」


市民たちは感覚遮断装置を外し、

街には光と香り、色と音が戻った。


「料理って、ただ栄養を摂るだけじゃないの」

「“感じること”すべてが、食卓に宿るのよ♡」


ライザは微笑む。


「よし、次はどこ行く?」


アリシアは背を向けながら言った。


「“記憶を喰らう都市”があるらしいの」


「食べた味を……忘れるのか?」


「うん。“美味しい”が残らないの。それって、料理にとって最悪じゃない?」


「まったくだ。よし、喰って、思い出させてやろうぜ!」


五感を取り戻したふたりは、

今度は“記憶”に挑む旅へと歩き出した。

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