第十八話 第四の神皿・沈黙のカナッペと、音を喪う恍惚
「……音が、消えてる……?」
神食域・第四の空間に足を踏み入れた瞬間、
アリシアとライザの世界から“音”が消えた。
喋っても声が出ない。
足音も、心音すらも――無い。
「……まるで、“味覚に集中するためだけに造られた静寂”……」
目の前の祭壇に置かれた一皿は、
まるで何も乗っていないように見えた。
──《第四の神皿:沈黙のカナッペ(カナッペ・ムート)》──
「見えない……聞こえない……でも、“味”だけが存在してる……!」
* * *
テーブルに手を伸ばすと、
アリシアの指に、**かすかに湿った気配**が触れた。
“気配”のカナッペ。
それをゆっくりと、口に運ぶ。
──無音。
パンのパリッという音すら存在しない。
でも――舌に触れた瞬間、アリシアの目が見開かれた。
「…………っ!!」
それは、“音の代わりに走る味”だった。
嚙みしめるごとに、“サクッ”ではなく、**光のような記憶**が舌を通過する。
甘味のあとに浮かぶのは、
――夜中の厨房で黙って焼いたクッキーの香り。
苦味のあとに浮かぶのは、
――王宮で誰にも声をかけてもらえなかった孤独の食卓。
「……音がないからこそ、“本音の味”が剥き出しなの……!」
アリシアの瞳が潤む。
次に、目を閉じてもう一つの“気配カナッペ”を口へ。
今度は――
「……これは……ライザ……」
“焦げたパンの香り”、
“ぶっきらぼうな塩分”、
“寡黙なコショウ”。
どれも、言葉で説明できないのに、確かに**心が満たされる音**だった。
「……あなたと一緒にいるとね、音なんてなくても、ちゃんと伝わるの」
アリシアは、目を閉じたまま微笑む。
「だって……おいしいもんね♡」
* * *
ライザもまた、一つを口に運んだ。
無音。
でも――口の中に広がるのは、アリシアの全力そのものだった。
豪快で繊細で、バカで美しくて、熱くて、やさしくて――
「……ちくしょう、泣けるわ……」
思わずこぼれた涙は、音もなくスプーンの先に落ちていった。
《第四の神皿:沈黙のカナッペ》――完食。
──“四皿目、静寂突破”──
空間にゆっくりと、音が戻り始めた。
ぱちり、とアリシアが瞬きをしながら言った。
「ライザ……あなた、泣いてた?」
「……うるせぇ」
「うふふ♡ おいしいのは、音じゃなくて、心でしょ?」
「もう言ってることが哲学と味噌汁でできてるな」
* * *
第五の席が、黄金の螺旋となって現れる。
「……次は、最後の皿?」
アリシアは、銀のフォークを見つめた。
「いいえ。ここからは、“料理ではない料理”との戦いよ」
ライザが息をのむ。
次なる一皿は――**存在しない“虚無のデザート”**
「私、ちゃんと“無”の味……食べてみせるわ」
その言葉の意味を、まだ誰も知らなかった。
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