第八話 氷結の都と、極寒スイーツの美味なる断罪

「……さむっ」


アリシアは両手を頬にあててぴょんぴょん跳ねていた。

ここは《フロステリア》。氷の女王が治める、常時氷点下の都。


「ちょっと可愛いじゃねぇか」


「寒さでテンション上がっちゃって♡」


ライザは肩に雪を積もらせながら、街の中心にある氷の大広場を見つめた。


「ここが“冷気料理祭”の会場か」


「うん。この大会で、最強のスイーツ職人に勝てば、“氷精の涙”っていう伝説級の甘味素材が手に入るの♡」


「また伝説か……」


そのとき――氷の彫刻のような美貌を持つ、白銀のドレスを纏った令嬢が現れた。


「あなたが……アリシア・アルザミア?」


「そうよ♡ あなたは?」


「クラリス・フィオルネ。“白のフォーク”を名乗る者」


「わぁ……すごい、フォークの持ち方、完璧すぎて引くレベル♡」


「私がこの大会の三連覇者。“料理で世界を導く”のは、この私です」


クラリスは微笑むが、その瞳は氷の刃のように鋭かった。


「アリシア・アルザミア。あなたを――“味で処刑”します」


* * *


大会が始まる。テーマは「極寒スイーツ」。


「……いい? ライザ、これは戦いじゃない。“恋よ”」


「おまえ、意味わかってんのか?」


「わかってないけど響きが好き♡」


* * *


クラリスの調理が始まる。

氷魔法で空気を瞬間冷却し、“氷結のバラ”を模したパフェを創り上げる。


「……見た目も味も、完璧。“美”は正義です」


観客はどよめいた。まさに芸術。


だがアリシアは――負けじとニコッと笑った。


「いいわね♡ じゃあ私は、“恍惚”をテーマにいくわ」


アリシアが選んだのは――《氷精のミルク》。

それをベースに、数種類のフルーツと発酵バターを使ってアイスを調合。


「でもそれだけじゃ足りない。“味の狂気”が足りないの」


そして、彼女はまさかの食材を取り出した。


「……唐辛子……?」


「そう。あえて“微量の刺激”を甘味に混ぜることで、快楽の落差を演出するの♡」


ライザは絶句した。


「おまえ……甘さで人間を壊すつもりか?」


「うん♡」


* * *


完成したスイーツは、真っ白なアイスに、ルビーのソースがかかったもの。

一見普通。でも、一口食べれば――


「……ぁ……ぁああ……あああっ……!!?」


審査員たちが悶絶した。


「……これ……なんだ……? 甘くて優しいのに……時々ピリって……! でもそれがまた……!!」


「――気持ちいい!!!」


会場が悲鳴と歓喜に包まれる。


クラリスが動揺した。


「この反応……まるで、“快楽で心を操る”みたいな……」


「ふふ♡ そう、“おいしい”ってね、ひとの心を支配するの」


アリシアのスプーンがきらりと光る。


「――調理とは、断罪。恍惚こそ、審判よ♡」


結果は――


「優勝、アリシア=アルザミア!!」


クラリスは、唇を噛んだ。


「……まだ認めません。私は、“料理で人を泣かせる”なんて美しくないと思ってる……!」


アリシアは微笑んだ。


「でもね、“涙が出るほど美味しい”って、最高の褒め言葉だと思わない?」


クラリスは黙って去っていった。その手に残っていたのは――彼女のスプーンだけ。


* * *


夜の氷都。

アリシアはライザと並んでアイスをぺろぺろ舐めていた。


「うふふ♡ やっぱり、甘いものって幸せよね~」


「でももう二度と唐辛子入れるな」


「次は山椒よ♡」


「やめろぉぉぉ!!」


次なる食材は、極東の辛味の王――《涙椒(ルイショウ)》。


アリシアの“味覚の支配”は、まだ始まったばかりだった。

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