美食令嬢アリシアの異世界狩猟記
おたべ〜
第一話 銀のフォークと追放令嬢
「アリシア=アルザミア、そなたの嗜好は王室にふさわしくない。よって、本日をもって追放処分とする」
王座の間に響き渡る冷たい声に、アリシアは一瞬、きょとんとした顔を浮かべた。
……え? ちょっと待って、もう一回?
「理由は、“食”に対する過剰な情熱。公務をほったらかし、食材探しに奔走。挙げ句の果てには公金で“伝説の塩”を輸入……」
「だってあれは“神すら旨味で黙る”って噂の岩塩だったんですのよ?」
「黙れ!」
バァン!
父王の拳が玉座の肘掛を叩いた音が、天井の金色のモザイクを震わせた。
「この国は貴族のグルメ道場ではない!」
「でも……ごはんは……戦争より尊いわ」
ぽつりとこぼれたその一言に、場内が静まり返る。
それは、“正論”などという陳腐な言葉では説明できない、アリシアの魂から出た本音だった。
「そう……私は、“食”のために生きたい。誰にも邪魔されず、自由に狩り、自由に喰らい、自由に愛したいの!」
――その瞬間、王室から“令嬢”がいなくなった。
彼女が代わりに得たのは、“銀のフォークとナイフ”と、世界を喰らう自由だった。
* * *
「うーん、この世界の空気、おいしそうっ♪」
追放から三日。アリシアは今、王都の外れの森をひとり歩いていた。
赤い冒険ドレスに、くるくる金髪のツインテール。腰にはナイフと調味料ポーチ、背中には料理用の小さな鍋。
「まずは食材探しよ。できれば、初手でSランク魔獣……!」
バサァッ!
草むらが揺れた。アリシアの瞳がきらりと光る。
「きたわね……今日の食材♡」
出てきたのは、牙の生えたイノシシ型モンスター《モスイノ》。体長2メートル、突進力A。正面衝突すれば即死レベル。
「でも残念っ、私、“食”には本気(ガチ)なのよ!」
アリシアはナイフを構える。その刃に、一瞬だけ――**ピンクのオーラ**が灯った。
「秘技・フォークブレード《絶味斬(ゼツミスラッシュ)》!」
刃が閃いた瞬間、モスイノの突進が止まった。肉体がスライスされ、まるで最高級の生ハムのように床に転がる。
「うふふ……いい筋。きっと香ばしく焼けるわ」
魔獣の肉を抱え、彼女は小さな焚き火を起こした。
ナイフで切り分け、塩を振り、油を垂らし、火の上でじゅうじゅうと焼く。
じゅわ……じゅわわ……
あたりに漂う肉の香りは、森の獣たちすら沈黙させる。
「いっただっきまーす♡」
――ぱくっ
「…………っ!!」
一瞬、時が止まった。アリシアの目に恍惚の光が走る。
「……ああ……この繊維、この脂の滲み、口の中でとろける幸せ……。この味、天使(カロリー)!」
フォークを握る彼女の表情は、戦場の狂戦士のようであり、甘味を舐めた猫のようでもあった。
* * *
そのとき、背後に影。
「――お嬢ちゃん、まさか……その魔獣、ひとりで仕留めたのか?」
野太い女の声。振り返ると、全身鉄のような鎧エプロンに身を包んだ、無口そうな黒髪の女戦士が立っていた。
「ええ、でも誰?」
「名乗るほどの者じゃないが……《鉄鍋のライザ》だ」
「!!」
アリシアの脳裏に、グルメ界の伝説がよぎった。料理傭兵界の最強にして、三ツ星騎士団からもスカウトされた女――
「あなたが……鉄鍋のライザ……♡」
「この焚き火の匂い……只者じゃない。気に入った。お前……相棒になる気はあるか?」
アリシアは一拍おいて、にっこり笑った。
「もちろん♡だってその鍋、すっごく美味しそうだもの!」
――こうして、グルメ狂令嬢と鉄鍋女傭兵の、世界を喰らう旅が始まった。
「さぁライザ、次の魔獣はどこ? 焼く準備はできてるわよ♡」
「その前に、皿洗い覚えろ。あと火起こしな」
「えぇえええええっ!?」
森に響く叫び声とともに、料理と戦いの日々が幕を開けた。
そして彼女の銀のフォークは、まだ見ぬ“絶味”を求めて、今日もきらりと光る。
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