3

 ――二人は母屋の一室に招ぜられた。そこには既に、銀髪の老婦人が座蒲団に正座していた。


「お袋、暫く」

「お帰り、日出海。その子が、和泉さんとこの、瑶子かね」

「ああ。さあ瑶子、挨拶を」


 しかし父が促す頃には彼女は、自ら額を畳にすりつけて「よろしくお願いいたします」とはっきり告げていた。老婦人……日出海の母にして、この富貴家と村の全てを切り回す女子爵、弥栄は目を見張った。そして、この地味ながら品のよい少女の姿をじっくりと眺めやった。


「……顔を上げなさい、瑶子や。この婆に、顔を見せておくれな」

「はい」


 思いの外優しい声音に面を上げれば、祖母となるべき人は真剣な眼差しを自分一人に注いでいる。瑶子も臆さずに、その目を見上げる。


 弥栄は、これまでの生い立ちや生活ぶりについて瑶子に尋ねた。瑶子も、ひとつひとつの問いに明瞭に答える。


「……そう、そうかえ。ようわかった。瑶子や、私はお前の、何事にも正直で、確かな意思を持っているところが大いに気に入った。こんなお婆でよかったら、話し相手になっておくれ。……そうじゃ、丁度、骨董商を名乗る輩どもが家に来ているのだが、お前も同席するといい」

「まあ、いいんですの、私みたいな子供が」

「寧ろ同席したがいいだろう、瑶子。和泉氏の薫陶を直接受けた唯一人の人間なんだからね、ハッハッハ」


 日出海もそのように勧めるので、瑶子は弥栄に手を引かれて次の応接間へ移った。もう数多の骨董品が机の上に並べてあり、その前には卑しげな顔つきの男達が居並んでいる。彼らは形だけは丁寧な態度を取り続けた。


「よくこそ、来て下さいましたね。並べていただいたのが、お品物ですか」

「そうでございます。そちらはお孫さんで? どうです、価値がわかるかな」


 男は口の端に、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 瑶子は、弥栄の隣に座していたが、ちょっと伸び上がって耳打ちしようとする。


「おばあさま、あのね、ここにある物は全て……」

「瑶子や、みんなに聞こえるようにお言い。お客様方にも聞こえるように、な」

「でも……」

「いいから、お言い」


 弥栄の顔は、どこか悪戯っぽいユーモアを含んでいる。後ろに控えていた日出海をも振り向くと、こちらも面白そうに大きくうなずく。


 瑶子は、改めて男達に向き直り、はっきりと品物の贋作であることを伝えた。


「何を、子供のくせに真贋などわかるものか。さあ、どこに贋作の印があるんだ、言ってみやがれ」


 男の一人が早速怒りを露わにし出す。瑶子は些かも動じない。


「では、ご説明申し上げます。まず、これらは全て最近作られたものです。たとえば、右から2つ目の茶碗。絵はよいのですが、一部この時代に存在しない絵の具が使われております。真ん中のお皿もそうです。その隣にある壺は、余計な飾りがついておいでです。当時このような飾りをつける習慣はなかったはずです。その隣、一番左の仏像は、形が為っていません。本当はもっと綺麗で、丁寧に彫られています」

「ふうん、ではお嬢ちゃん、この一番右にあるのはどうかな。唯一の、泰西の美術品だがね。それとも西の文化には疎いかな」

「ああ、これもでしたの。ごめんなさい、てっきり玩具かと……あら、触ったら手が汚れたわ。この汚れ、古く見せるためにわざと付けておいでですのね。元々は何だったのかしら、ああ小物入れですのね。余計なお世話でございますが、この汚れはすっかり拭いたうえで、並べた方が見映えがしますよ。模造とはいえ、折角宝石を表面に敷き詰めておいでなのですから」


 全て言い当てられたうえに、助言までされては、骨董商もとい贋作売りも色を失う。初めは瑶子を子供と見くびっていた男も、その知識の豊富さを認めざるを得なかった。しかして、このただならぬ少女は一体何者?


「瑶子、お前の見立ては正しかったようだね。流石は和泉氏に学んだだけある」

「何、和泉――」

「あなた方もご存知ですか。まあ、当然ですな。古物商の和泉といえば、斯界で知らぬ者のない傑物だ。この子は、その和泉氏の忘れ形見で、直接に古今東西の美術や文化について教えを受けているのですよ」


 贋作売りの男どもは返す言葉もなくて、贋作の美術品ともども、すごすごと撤収していった。


 弥栄は瑶子のお手柄に大層ご満悦である。また、手柄だけでなく、そのしっかりした性格や優しい心根も含めてすっかり気に入ってしまったらしい。早速、自室の隣の六畳間を瑶子のために誂えさせたのだった。


 その日の夕餉、瑶子は改めて富貴邸の人々に、家族の一員として紹介された。


 邸には、当主の弥栄と若旦那の日出海のほか、日出海の弟家族が住んでいた。生白い顔で、どこかおどおどした調子の利男。反対に何事にも派手で高慢なところの窺える、妻の辰代。母親に似て高飛車な、娘の若子。――若子の態度は、初めて会った時と同じく、愛想のないものだった。いや、愛想のないどころではない、若子のみならずその両親までもが、この新参者の少女を軽んじ蔑んでいるのが傍目にもわかるほどだった。そもそも彼らは、弥栄や日出海とは相容れない人々なのだ……。夕餉の間中ずっと漂っていた、ぴりぴりした空気から、瑶子はそれを察し得た。

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