藁の塔の魔王姫
一十 にのまえつなし
第1話 魔王の塔への旅
むかしむかし、多元宇宙の無数の星々がきらめく世界線の一つに、色とりどりの花が咲き、陽光が柔らかく降り注ぐ穏やかな村があった。
そこでは、勇者アルトとその妹リアが暮らしていた。
アルトは勇気を胸に、手に剣をもって魔物を討ち、平和を守る英雄として名を馳せていた。
リアは病弱ながら心優しく、兄を支えるために小さな魔法を学び、村人たちに愛される存在だった。彼女の魔法は、花を光らせたり、物を高く浮かべたりするささやかなものだったが、村の子供たちはその光に目を輝かせ、彼女を「星のお姫様」と呼んで慕った。
ある日、アルトは世界を揺るがす「魔王」の誕生を耳にする。
だが、その魔王はかつての魔神のような恐怖の支配者ではなく、どこか抜けたところのある存在だという。
魔王の塔――その象徴的な存在は、遠目には堂々とそびえて見えたが、近づくと藁と小枝で編まれた、まるで子供の遊び小屋のようだった。風が吹けばゆらりと揺れ、雨が降れば崩れそうなほど脆い。それでも塔の頂で輝く星型の光は「魔王の星」と呼ばれ、旅人の目を惹きつけてやまなかった。
かつて、アルトは一億もの命を奪った恐ろしい魔神を倒したことがあった。その戦いは、まるで世界の運命を揺らすほどの壮絶なものだった。神はアルトの偉業を称え、「大いなる祈願の力」を授けた。
アルトが願ったのは、魔神に殺された人々の復活だった。村は再び笑顔に溢れ、アルトは英雄として讃えられたが、彼の心には一つの願いが残っていた
妹リアの病を癒し、彼女を永遠に健康で幸せにすること。
今、新たな魔王の噂を聞き、アルトは再び剣を手に決意する。
「この魔王を倒し、神にリアの病を癒す願いを叶えてもらう」
しかし、村人たちは反対した。かつて一緒に冒険した神官は「魔王の塔からは悪の気配がしない」と警告し、魔法使いは「この戦いは世界の均衡を乱すかもしれない」と忠告した。今では将軍となった戦士や、支配者である王様までもが「勇者よ、今回は様子を見ろ」「王のおっしゃる通りだ」と止めた。
だが、アルトの心は揺るがなかった。
「リアのためなら、どんな試練も乗り越える。それが兄である俺の道だ」
アルトはひとり、魔王の塔を目指した。
陽が沈むたびに剣に魔法の灯りをともした。この永遠の光の魔法をかけてくれたリアの笑顔を思い出した。
疲労が積もっても、足だけは止まらなかった。
森を抜け、川を渡り、旅は一か月にも及んだ。
だが、不思議なことに、森にはモンスターの気配がほとんどなかった。たまに見かけた魔物たちは、頭に色とりどりの花冠を乗せ、慌てて木陰に隠れるばかりだった。花冠の花びらが風に揺れる様子は、まるで森全体が優しい魔法に染まっているようだった。
アルトは剣を握りながらも、違和感を覚えた。
「まるで村の裏庭みたいだ・・・いや罠なのか」
ついに、アルトは魔王の塔にたどり着いた。遠くから見えた高さは確かに印象的だったが、近くで見ると、塔は藁と泥でできた子供の遊び小屋そのもの。壁には子供の落書き。「ようこそ まおうのおしろへ」という手書きの看板まである。
塔の中に入ると花びらが舞い、天井からは手作りの星の飾りが揺れていた。隅にはご「自由にどうぞお代はいただきません」と書かれたクッキーの入った籠まで置かれている。
しかし、頂上の星型の光だけが神秘的に輝いていた。
「これが魔王の塔なのか?」
アルトは戸惑いを覚えながら奥に進んだ。
塔の内部は、外部の貧弱さとは裏腹に、不思議な広がりを持っていた。螺旋階段を上ると、突然、広大な広間が現れた。そこには黒曜石の玉座が置かれ、影が一つ座っている。その背後には、無数の光が揺れる扉――無限の分岐点に繋がる「世界の扉」がそびえていた。アルトはかつての魔神との戦いで同じ扉を見たことを思い出し、背筋が冷えた。
「この扉が開けば、災厄が解き放たれる…!」
玉座の影が口を開いた。
「よくぞ来た、勇者よ! 私に仕えるなら、世界の半分をやろう」
その声は、どこか芝居がかった口調だった。アルトは眉をひそめ、即座に叫んだ。
「何やってるんだ、リア!」
黒いマントを翻して影が跳ねる。玉座から飛び降りたのは、花冠をつけたリアだった。
彼女は照れ笑いを浮かべながら言った。
「え、なんでバレたの? “見えない魔王”の魔法、ちゃんと使ったのに」
「リア! なんでお前が魔王なんだ!?」
アルトの叫びに、リアは少し頬を膨らませて答えた。
「みんなのことを助けてくれたけど、わたしのこと救いたかったの神様もしってたの。だから、神様がおにいちゃんの願いをかなえてくれるってお話になったの。
『魔王になれば不滅の身体をあげよう』って。それに、魔王ってかっこいいかなって」
リアは神との契約により「魔王」に変貌していた。神はリアの病を癒す代わりに、彼女を不滅に近い存在――魔王としてこの世界線に刻んだ。
「お前、魔王になって何してるんだ?」
アルトは呆れ顔で尋ねた。リアは胸を張り、誇らしげに言った。
「この塔、すごくない? 『邪悪なふんいき』満載でしょ!」
アルトは周りを見回した。藁の壁には子供たちが描いた星や花の絵、床には花びらが散らばり、広間の隅にはクッキーの入ったかごが置かれている。まるで子供の頃のリアの部屋のようだ。
「でもこの部屋はなんなんだ」
アルトは驚いて首を傾げた。
「え、でも、魔王らしいことしなきゃって思って…」
リアは少し考えてから一気に話し始める。
「それに! 私、みんなに『飽食の罪』を冒させたの! 村でクッキー配ったら、みんなおいしいって食べすぎちゃって!
あと、森のモンスターたちに花冠あげて『虚飾の罪』をね!
魔王らしいでしょ?」
アルトは頭を抱えた。モンスターたちが花冠を隠して逃げた理由がわかった。そして腹も満ちていたなら危険をおかして人間を襲うわけはないだろう。
しかし、
「リア、それ、罪って言うか、ただの趣味だろ」
「え、でも、魔王らしいことしなきゃって思って」
リアは笑顔で言った。
「ねえ、兄さん! 一か月の旅、お疲れ様! 今日の夕飯、兄さんの好きなシチューにするね!」
彼女は玉座の後ろの「世界の扉」に手を伸ばした.
「やめろ、リア! その扉は危険だ! 魔神の時みたいに、災厄が」
だが、扉が開くと、そこは村の自宅のキッチンだった。暖かいスープの香りが漂い、窓の外にはいつもの村の風景が広がっている.
「え、なにこれ?」
アルトは目を丸くした.
「ふふ、魔王の魔法だよ! 世界の扉をキッチンに繋げちゃった!」
リアは得意げに笑った。
「・・・お前、ほんとに魔王なのか?」
「うん。でもね、兄さんの妹でもありたいから、“あったかい魔王”になったの」
その笑顔に、アルトは静かに剣を下ろした。
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