第27話:究極の選択、高まる期待

リーグ戦は、いよいよ優勝争いの大詰めを迎えていた。

私たちのチームは、

雄太の二刀流としての活躍もあり、

首位をひた走っている。

球場は、連日、

満員の大観衆で埋め尽くされ、

熱気は最高潮に達していた。

その熱気が、スタンドにいる私にも、

肌で感じられるほどだった。


雄太は、チームのエースとして、

そして主砲として、

マウンドと打席、その両方で、

チームを勝利へと牽引していた。

彼の登板日には、

球場のボルテージは一段と上がる。

投げるたびに、地鳴りのような歓声が沸き起こり、

打席に立てば、

観客全員が息をのんで、

彼のバットの一振りに注目する。

その全てが、私には、

夢のような光景だった。


彼の活躍は、沢村賞への期待を

さらに高めていた。

ニュースやスポーツ番組では、

連日、雄太の沢村賞受賞が話題になる。

「田中雄太、沢村賞へ驀進(ばくしん)」

「二刀流で沢村賞は史上初か」

そんな見出しを見るたびに、

私の胸は、期待と誇らしさでいっぱいになった。


けれど、喜びと同時に、

私の中には、小さな不安も芽生えていた。

沢村賞という、投手にとって最高の栄誉。

それを目指すことは、

彼の体に、これまで以上の負担をかけることになるだろう。

私は、彼の体を一番に気遣った。

無理はしていないか。

あの時のように、また隠してはいないか。

彼の肩の古傷が、私には常に心配だった。

夜、マッサージをする私の手にも、

彼の筋肉の張りは、相変わらず伝わってくる。

その一つ一つから、彼の頑張りが、

私に語りかけてくるようだった。


「ねぇ、雄太。疲れてない?」

私が尋ねると、彼はいつも「大丈夫だよ」と笑う。

その笑顔は、私を安心させてくれるけれど、

時には、強がりにも見えた。

私は、彼の言葉を信じる一方で、

彼の体のサインを見逃さないように、

毎日、注意深く観察した。

彼が、少しでも疲れを見せれば、

私はすぐに、温かい飲み物を用意したり、

いつもより長めにマッサージをしてあげたりした。


佐々木コーチは、

雄太の体調管理を徹底してくれていた。

緻密な登板間隔の調整、

練習メニューの細かな見直し。

彼の体質に合わせた、

オーダーメイドのような管理体制が、

雄太の最高のパフォーマンスを

維持させているのだと、雄太は話していた。

佐々木さんがいてくれるからこそ、

雄太は安心して、二刀流を続けられる。

その事実に、私は心から感謝した。

彼の存在は、私たちにとって、

何よりも大きな支えだった。


そんな多忙な日々の中で、

雄太が、ふと、私に話してくれたことがある。

「美咲、俺、最近、

なんで二刀流を続けてるんだろうって、

考えることがあるんだ」

彼の言葉に、私の心臓が、

ドクンと大きく鳴った。

彼の体への負担は、誰よりも彼自身が感じているはずだ。

その選択を、今、改めて考えているのだろうか。


「それはな……」

雄太は、私の手を握り、続けた。

「一度諦めた夢を、もう一度追いかける。

そして、二刀流という、

誰も成し遂げられなかったことに挑戦する。

それは、ただ俺自身の夢だけじゃないんだ」

彼の言葉は、静かだったけれど、

その瞳は、強い光を宿していた。


「僕の姿を見て、誰かが勇気を出してくれるかもしれない。

もう一度、夢を追いかけようと思ってくれるかもしれない。

それが、俺が二刀流を続ける意味なんだ」


彼の言葉を聞いて、私は涙が止まらなくなった。

彼が、どれほど大きな責任を背負っているか。

そして、その責任を、

喜びとして受け止めているか。

彼の野球は、もう、

彼一人のためだけのものではない。

多くの人々に勇気を与えるためのものなのだ。

その高潔な精神に、私は心から感動した。


「雄太……」

私が声をかけると、彼は優しく微笑んだ。

「だから、俺は、二刀流を続ける。

沢村賞も、掴み取る。

そして、このチームを、優勝させる」

彼の言葉は、確信に満ちていた。

その強い決意に、私の心は震えた。

彼は、決して揺らぐことはない。

彼の隣にいることができて、

本当に、本当によかった。


会社の同僚たちも、

雄太の活躍に熱狂し、

彼が沢村賞を受賞することを心から願っていた。

「うちの雄太が、まさか沢村賞とMVPをW受賞するかも!」

「本当に、夢みたいだ!」

彼らは、驚きと誇らしさで沸き立っていた。

社内全体で、雄太の活躍を祝う準備を始めている。

その温かい繋がりが、

私には何よりも心強かった。

彼の頑張りが、

こんなにも多くの人を巻き込み、

感動させている。

その事実に、私は胸が震えた。


夜、雄太が家に帰ってくると、

彼の顔は、疲労の色が濃いけれど、

その瞳は、達成感と充実感で輝いていた。

彼のユニフォームからは、

土と汗、そして、マウンドの匂いがする。

それが、私には何よりも愛おしかった。


私は彼の元へ駆け寄り、

彼の胸に飛び込んだ。

彼の腕が、私を優しく抱きしめる。

彼の体温が、私に伝わってくる。

彼の心臓の音が、私の耳に心地よく響く。

「雄太、本当にすごいよ……!」

私の声は、歓喜で震えていた。

彼の肩に顔を埋めると、

彼の力強い鼓動が、

私の耳に直接響いてくる。


「美咲、ありがとう。

お前がいてくれたからだ」

雄太が、私の頭を優しく撫でながら、そう言った。

その言葉一つ一つが、

私の心の奥底に染み渡る。

これまでの全ての苦労が、

報われたような気がした。

彼が野球を諦めかけた時も、

彼の隣にいた。

彼が泥にまみれても、

彼の隣にいた。

そして今、彼がプロの舞台で輝く瞬間も、

彼の隣にいることができた。

私にとって、これ以上の幸せはなかった。


彼の夢は、もう彼の夢だけじゃない。

私と、そして彼の周りの大切な人たちの夢になっていた。

彼の挑戦は、私にとっても、

人生を賭けた挑戦だった。

この先に何が待っていようと、

私は彼と共に、この道を歩んでいく。

そう、心に誓った。

夜空には、満月が煌々と輝いていた。

彼の温かい手のひらが、私の手を握る。

その温かさが、私たちの絆を、

何よりも強く、私に感じさせた。

私たちは、固く手を繋ぎ、

次の目標へと歩み始めた。

アオハルに還る夢。

その夢は、今、確実に、

私たちの目の前で、輝き続けていた。

彼の伝説は、ここから、

沢村賞という、

さらなる高みへと、深く刻まれていくのだ。

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