第7話:過去を乗り越え、真実の力
プロテスト直前、
雄太が私と佐々木さんを呼び出した。
場所は、いつもの公園。
夜の帳が降りたばかりで、
空にはまだ淡い青色が残っていた。
彼の顔は、いつもになく真剣な表情をしていた。
その静かな眼差しに、私は嫌な予感がした。
もし、彼の体に何かあったら……。
そんな考えが頭をよぎり、
私はごくりと唾を飲み込んだ。
佐々木さんは、黙って雄太の隣に立っていた。
二人の間に、張り詰めた空気が流れる。
雄太は、ゆっくりと話し始めた。
「……話しておきたいことがあるんだ」
彼の声は、少しだけ震えていた。
その震えが、私の心臓に直接響く。
高校時代の肩の故障のこと。
本当は、もっと早くから痛みを抱えていたこと。
チームメイトや、監督、そして私に、
心配をかけたくなくて、
痛みを隠して投げ続けていたこと。
そして、最終的に肩を壊してしまったこと。
彼の言葉を聞いているうちに、
私は涙が止まらなくなった。
あの時、彼がどれだけ苦しんでいたのか。
どれだけ一人で抱え込んでいたのか。
私は彼の隣にいながら、その苦しみに
気づいてあげられなかった自分が、
ひどく情けなかった。
彼の背中に、どれほどの重荷があったのだろう。
私の胸が、締め付けられる。
「……ごめん。美咲にも、佐々木さんにも、
ずっと隠してた」
雄太は、目に涙を浮かべながら、そう言った。
その声には、深い後悔と、
そして、ようやく本心を打ち明けられた
安堵が混じっているように感じた。
私は、黙って彼の隣に座り、
そっと彼の手を握った。
冷たくなっていた彼の指先が、
私の温かさで少しずつ解けていくのが分かった。
彼の掌は、硬く、そして大きかった。
その温もりが、私を包み込む。
佐々木さんは、雄太の告白を、
ただ静かに聞いていた。
そして、雄太が話し終えると、
深々と頭を下げた。
「よく話してくれたな、雄太。
お前は、本当に強くなった」
佐々木さんの声は、穏やかだったけれど、
その言葉には、深い信頼と愛情が込められていた。
雄太は、佐々木さんの言葉に顔を上げた。
その目には、もう悲しみはなかった。
清々しいまでの決意が宿っていた。
彼の瞳が、夜空に輝く星のように、
強く、静かに瞬いていた。
その輝きに、私は吸い込まれるようだった。
これは、彼にとっての「挫折」ではなかった。
自身の弱さと向き合い、それを乗り越えるための
「正直な告白」だったのだと、私は理解した。
この告白によって、私たちの絆は一層深まった。
雄太はもう一人じゃない。
彼の隣には、私が、そして佐々木さんがいる。
私たちは、どんなことでも分かち合える。
そう確信できた瞬間だった。
帰り道、雄太と二人きりになったとき、
私は改めて彼の隣を歩く幸せを噛み締めた。
彼の腕が、私の肩をそっと抱き寄せる。
「美咲がいてくれて、よかった」
彼の言葉が、私の耳元で優しく響く。
その言葉一つ一つが、私の心の奥底に染み渡る。
私の存在が、彼にとって、
これほどまでに大きなものだったなんて。
涙が、また静かに溢れ落ちた。
それは、悲しい涙ではなかった。
ただただ、温かい、幸福な涙だった。
「私、ずっと雄太の隣にいるからね」
そう言うと、雄太は何も言わず、
ただ私の頭を優しく撫でてくれた。
その手の温かさが、私を包み込む。
夜空には、満月が煌々と輝いていた。
まるで、私たち二人を祝福してくれているかのようだった。
この夜、私たちは本当の意味で、
お互いの全てを受け入れ合った。
彼の過去も、彼の弱さも、彼の痛みも。
その全てを、私は愛する。
それが、私のこの恋の形だった。
プロテストまで、あと数日。
彼の心は、この告白によって、
さらに研ぎ澄まされたようだった。
毎日の練習にも、以前にも増して
集中して打ち込んでいる。
彼の瞳には、迷いが一切ない。
ただ、真っ直ぐに、プロの舞台を見据えている。
私は、彼の隣で、その静かな変化を
感じ取っていた。
彼の呼吸、彼の心臓の音。
その全てが、私には雄弁に語りかけてくる。
この人は、もう大丈夫だ。
彼は、もう何も隠さない。
全てをさらけ出して、
本当の自分として、この夢に挑んでいる。
その姿に、私は心から感動した。
私の役割は、彼が最高の一日を迎えられるよう、
彼を支え続けること。
食事、マッサージ、そして何よりも、
彼への揺るぎない信頼と愛情。
それを、彼に全身で伝えること。
夜の自主練習の帰り道。
雄太のユニフォームから、
土と汗の匂いに混じって、
何とも言えない、清々しい香りがした。
それは、彼の心が解放された証なのだろうか。
私は、彼の隣を歩きながら、
そっと彼の手に触れた。
彼の指が、私の指に絡みつく。
その温かさが、私たち二人の絆を、
何よりも強く、私に感じさせた。
彼の夢は、もう彼の夢だけじゃない。
私と、そして彼の周りの大切な人たちの夢になっていた。
彼の挑戦は、私にとっても、
人生を賭けた挑戦だった。
この先に何が待っていようと、
私は彼と共に、この道を歩んでいく。
そう、心に誓った。
満月の光が、私たち二人の影を、
長く、一つに伸ばしていた。
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