第1章 第4話(通算4話) それは少しだけ、遠い匂い

「あんたまた缶コーヒーだけなのかい?

バイクとガソリンにだけお金つかって、しょうがないわねぇ。ご飯食べてないでしょ。いいから、かけそばの食券買ってきなさい」


学食のカウンターから声をかけてきたのは、春美さん。

拓磨がこの大学に入ってからずっと世話になっている、気のいい食堂スタッフだ。


拓磨は苦笑しながら、券売機へ向かう。

数枚の硬貨を入れて「かけそば」を選び、食券をカウンターに差し出した。


「あの〜……これ、麺大盛りトッピング全部乗ってるじゃないですか……俺、かけそばしか頼んでないっすよ?」


春美さんはその食券を受け取りながら、にっこりと笑った。


「だいじょうぶ。どうせこの時期はもたないから、全部食べちゃって」


「でも……」


「いいからいいから。若いんだから、気にしないんだよ。そんなこと」


拓磨は軽く頭を下げて、空いている席を探す。

平日の昼下がり、学食はほどよく混んでいた。


窓際の二人席に座る女の子が、笑いながら何かを話している。

その横顔を見た瞬間、拓磨の中で何かがざわついた。


──澪? ……そんなわけないよな。


でも、その髪の長さも、笑い声の高さも、どこか記憶の中と似ていた。


何気ない昼休みの光景。

けれど、拓磨の中にわずかに残った違和感は、静かにその名も知らない誰かを焼きつけていた。

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